僕と、君と、鉄屑と。
 こんなの、もう、私にはあり得ないって、思ってた。あの人がいなくなって、私にはもう、誰かを愛することなんて、できないって……しちゃいけないって、思ってた。だって、また……気づかないかもしれないから。また、声を聞き逃すかもしれないから。
「死なないで」
「死なないよ」
「私より、長生きして。一日でも、一時間でも……一秒でも……」
直輝は頷いて、私を強く抱きしめた。痛いくらい、ぎゅっと、思い出の中のあの人みたいに、あの人とよく似た顔で……透……私、この人のところにいくね。あなたのこと、もう忘れるね。生きているこの人と……愛し合うね。
「これからは、できるだけ帰るから」
「ご飯、作ってもいい?」
「ああ」
「お料理教室、行こうかな」
「そう……だな」
「もう、それ、どういう意味?」
「そういう、意味」
私達は、二人で顔を見合わせて、素肌のまま抱き合って、クスクス笑った。こんな風に笑うの、もう、何年ぶりだろう。こんなにあったかい朝、何年ぶりだろう。

 ねえ、透。私ね、ママになるかも。もし、男の子が生まれたら、私……あなたのようなパイロットになってほしいな。あなたみたいな、優秀で、素晴らしい、パイロットに、ね。女の子なら、そうねえ、やっぱり、CA、かな。そして、きっと、あなたみたいな、素敵なパイロットと恋におちる。

「ねえ、おなか、すいちゃった」
「何か、食べに行こうか」

 透……さようなら。
 私、やっと、一人の朝から……抜け出せるって、その時は、信じてた。……信じていたのに。
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