僕と、君と、鉄屑と。
 でもそこは、あのベッドの中で、あの部屋だった。カーテンの向こうから、明るい光が差している。
「怖い夢を見たのか?」
「……直輝さん?」
「おはよう、麗子」
彼は私のおでこにそっとキスをして、涙を拭った。その指には、昨夜のマスカラとアイラインが、黒く落ちていた。
「どうして?」
「今日は休みなんだ」
「一緒に、いてくれるの?」
「どこかに出掛けてもいいし、家でゆっくりしてもいいよ」
「うん……もう少し、こうしてたい」
「メイク、そのままだな」
「昨日、疲れちゃって、そのまま眠っちゃったの」
「変な男がいたらしいな。怖い思いをさせて、悪かった」
「大丈夫……」
私の言葉は、彼の唇で途切れてしまった。どうしよう。昨日、ハミガキもしてない。お風呂も入ってない。髪も、体も……臭くないかな……
「お風呂、入ってないの」
「そうだな」
彼はそう言って、私の首筋に唇を這わして、私のパジャマのボタンを外していく。
「ダメ……お風呂、入んないと……」
「俺も、入ってない」
彼の固くて、重い体が、私に重なる。彼の髪からは、ヘアワックスの匂いがして、首筋からは、香水と、少し……男の人の匂いがする。
「大切な人がいるって……」
「もう、いいんだ」
私を、選んでくれたの? 直輝さん……私を?
「もう寂しい思いはさせないよ」
「一人は、嫌なの」
「ああ、わかってる」
「どこにも、いかないよね?」
「いかないよ」
「……消えないよね?」
「俺は、そんなに弱くない」
いつの間にか素肌の私達は、いつの間にか一つに繋がって、私達を知る。そして、熱くなった私に、彼は熱い吐息で、囁いた。
「麗子……家族が欲しいんだ」
「赤ちゃんって……こと?」
「お前と……俺の」
赤ちゃん……私と、彼の……家族。
「家族に……なりたい」
「う……ん」
「麗子……愛してるよ」
「私も……愛……してる」
彼の熱い愛が、私の中に流れる。私達が、愛し合った証。熱い……とっても熱い。体の中で、凍りついていた私の何かが、とけていく。
「ねえ、私達、本当の夫婦になったんだよね?」
「ああ」
嬉しい。でも、どうして? ああ、村井さんが話してくれたの? 私が昨日、あんなに落ち込んでたから? 同情? でも、同情で、赤ちゃん、なんて、言わないよね。まさかそんなわけ、ないよね。
「……ねえ、直輝って、呼んでもいい?」
「いいよ」
「でも、すぐに、パパ、ママって呼ぶようになるかも」
「そうだな」
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