僕と、君と、鉄屑と。
 出会った頃の直輝は、山岳部のメンバーで、冬でも小麦色の肌に、逞しい体、精悍な顔。学生時代の野間直輝は、質実な、純朴な、ただの青年だった。彼は、休みの日は山へ登るか、ボランティア活動に従事していた。普通の大学生のように、クラブやコンパや、そんなものには興味はなく、おそらく、恋人もいなかったのだろう。そんな彼は、僕の理想の、崇高な男性だった。だから僕は、彼に恋をした。彼こそが、僕の伴侶となるべく人間だった。
 彼は僕を受け入れた。僕は自室を出て、彼のアパートへ移り、僕達は僕達だけの世界を作り上げ、愛し合った。最初は、同情だったのかもしれない。彼の『博愛』の精神が、そうさせたのかもしれない。だから僕も、彼のためになんでもしようと思った。愛する彼のために、できることはなんでも。

「夢があるんだ」
「夢?」
彼はどこかの大富豪の特集番組を見ながら言った。
「俺もこんな風に、自分の稼いだ金で、困っている人の力になりたい。いつか、そんな大きな人間になれたらなって。ガキみたいかな」
彼は恥ずかしそうに笑って、無理だけどな、と少し残念そうな顔をした。
「……僕が、その夢を叶えてあげるよ」
「そんなこと、無理だよ。あくまで、夢だからさ」
「僕なら、できるんだ」

 告白すれば、直輝はビジネスなんて、できない。そもそも、金に興味がないのだから、できるわけがない。彼には、欲というものがないのだから、成功するわけがない。

 僕は持っていた『ネットワーク』を駆使して、ビジネスを始めた。僕は、野間直輝の部下でもパートナーでも策士でも、なんでもない。僕は、野間直輝のゴースト。野間直輝は、ただの広告塔。野間直輝は、僕の、マリオネット。だって、僕のような、貧相な、いかにもオタク野郎よりも、直輝のような、イケメンの体育会系の精悍な青年が社長の方が、面白いに決まっている。俗的な人間は、そんな配役を面白がるに決まっている。
 僕は直輝の髪型から、ファッションから、言葉使いから、立ち振る舞いから、何もかも、シナリオを書いた。必要なら、女も抱かせた。全ては、彼の夢のため。彼の夢を叶えるため。優秀で、精力的で、この『悟り』の時代に、野心溢れる青年実業家『野間直輝』を、ただの優しい、誠実な青年『野間直輝』に演じさせた。
 もちろん、彼は嫌がった。こんなことはもう嫌だ、と何度も言った。でも、僕はその度に彼に諭す。君の成功が、何万人の人の幸せになるんだよ、と。そして彼は、その度に鉄屑を握りしめて、ため息をついて、わかった、と言う。辛そうに、ブランドのスーツを着て、くだらない女とデートに出かける。だっておかしいじゃないか。こんなにカッコいい男が、女の一人もいないなんて。

 ねえ、直輝、僕だって辛いんだよ。君がどこかの汚らわしい女に、偽りの愛の言葉をかけるのは。君がどこかの汚らわしい女とセックスをするのは、僕だって辛い。でもそれは、君のためだ。君のためなんだ。愛しているから、直輝。君を心から、愛しているんだ。僕も君と同じ、苦しみに耐えているんだ。

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