僕と、君と、鉄屑と。
ミステイク

(1)

「これ、かわいくない?」
僕は予定外に、麗子の退屈な買い物に付き合わされていた。
「靴など、歩き出すまで不要ですよ。人間の子供は、おおよそ一歳前後で……」
「もう、わかった! あー、あんたと買い物しても、全然楽しくない!」
ふむ。僕はもっと、楽しくないのだが。
「それより、マタニティドレスを買った方がよろしいのでは? そろそろ、お腹が大きくなってくるでしょう」
「まあ、それもそうね。パーティ用のワンピースを、何枚か買おうかしら」
 麗子は妊娠五ヶ月に入っていた。まだお腹はあまりわからないが、少しふっくらした麗子は、目の前でハンバーガーLセットを、美味しそうに食べている。
「よく、食べますね」
「うん。ツワリもないのよ」
「体重が増えすぎるとよくないようですよ。妊娠中毒症の危険もありますし、そもそも、ファストフードは塩分と脂肪の塊ですから……」
「あんたはもうちょっと、食べたほうがいいんじゃない? ガリガリじゃん」
「体質なんですよ」
気にしているのに。
「あっ……」
イライラして開けたナゲットソースが飛び散り、顔に飛んで、眼鏡が汚れてしまった。やはり、イライラしているときに行動してはならない。
 眼鏡を外し、レンズを拭う僕の顔を、麗子がじっと見ている。
「何ですか?」
「あんたさ、メガネなかったら、結構いけてんじゃん」
「お世辞など、結構です」
「なんで私があんたにお世辞言うのよ」
僕は子供の頃から、ド近眼で、ずっと眼鏡をかけている。家の中でも、眼鏡がないと歩けないくらいで、外すのは風呂と眠る時と……セックスの時くらい。
「コンタクトにしなよ」
「僕の視力だと、無理なんです」
告白すると、僕は自分の眼鏡のない顔を、はっきり見たことがない。なぜなら、眼鏡を外すと、何も見えないから。
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