僕と、君と、鉄屑と。

(2)

「まだ何か、お買い物されますか?」
「うーん、もういいかな」

 僕は麗子の部屋へ荷物を運び、では、と出ようとすると、麗子がいつものように、上がっていって、と言った。次の予定まで少し時間がある。コーヒーくらいは、つきあってやってもいい。
「妊娠中はコーヒーとかダメなんだって。だから、お茶ね」
僕は、妊娠中ではない。
 部屋の中はすっかり変わっていて、マタニティ雑誌だとか、名付けの本だとか……二人の写真だとかが飾られている。まるで、新婚夫婦の家に来たみたいだ。
「それね、腹帯もらいに行った時の写真」
クリスチャンのはずの直輝が、寺の前で微笑んでいる。まあ、クリスチャンが寺に参ってはならない、という決まりはない。その隣に、聴診器のようなものが置いてある。
「ああ、それ、直輝が買ってきたの。お腹の中の赤ちゃんと会話するの」
こんなもので会話ができるわけない。そもそも、胎児というのは羊水の中にいるわけだから、音などほとんど聞こえないはずだ。
「心臓の音が聞こえるのよ。聞いてみたい?」
「遠慮いたします」
ふむ。これで、直輝はあの女の腹の中の音を聞いているのか。なんだか……夫婦のようだ。まあ、これも僕のシナリオ通りだけど、ちょっとアドリブが効きすぎじゃないかな。
 麗子は楽しそうに、直輝の話をしている。まだ早いのに、スタイ(どうやら、これはよだれかけのことらしい)を買ってきただとか、車をワンボックスにした方がいいんじゃないかとか、育児の便利グッズのカタログを持って帰って来ては、あれがいいこれがいいと騒いでいるとか。まあ、それはそうだ。直輝は優しい男だから、子供が生まれるのが本当に楽しみなんだろう。それは人として当然だ。子供の誕生ほど、喜ばしいことはない。麗子のために帰っているのではなく、子供のために帰っている。おかしな嫉妬をしてしまった、僕としたことが。
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