僕と、君と、鉄屑と。
罪と悪

(1)

 祐輔を見送った麗子は、リビングに戻り、夕食は鍋にしよう、と言った。
「お鍋は、確かここに……」
踏み台を持ち出し、吊り戸棚の上を探し始めた。
「危ないじゃないか!」
俺は思わず、麗子を抱きしめた。
「大丈夫だよ」
「ダメだ。どこにあるんだ? 俺が探してやるから」
麗子は少し笑って、吊り戸棚の奥じゃないかと言った。一度か二度使っただけの土鍋は、ダンボールのケースに入っていた。
「これか?」
「ああ、それ。あんまり使わないから、どこに置いたかすぐに忘れちゃう」
「こういうことは、俺に言えよ。大事な体なんだから」
「ありがとう。でも、いつも直輝を待ってたら、何にもできないわ」
「……できるだけ、家にいるから」
「そういう意味じゃないよ。私もママになるんだもん。しっかりしないとって意味」
 麗子は、まな板を出して、野菜を切っている。楽しそうに、幸せそうに、今日あったことを、笑いながら、話している。
「でね、村井さん、ナゲットのソースを開けようとしてね、ふふっ、ソースが顔に飛び散っちゃってさ」
だから俺も、麗子と話していると、一緒にいると、自然に、楽しくなる。いつの間にか、笑っている。
「あいつ、そういうとこあるんだよ」
「そうだよね、意外に、不器用なんだよね」
「何か、しようか?」
「あー、じゃあ、鶏肉、切って。私、お肉切るの、苦手なの」
麗子はまな板を空け、豆腐やマロニーを洗い始めた。
「いいよ。俺、鶏、バラせるんだぜ?」
「ホントに? すごい!」
「大学時代は山岳部だったんだ。アウトドアどころか、野営、してたから」
「へえ! ね、赤ちゃんが生まれたら、みんなで山登り行こうよ」
「ああ、そうだなあ。もう何年も登ってないな」
「楽しみー」
 俺達は、並んで、笑いながら、生まれてくる子供と、これからの家族の話をしながら、鍋の準備をした。こんなこと、初めてだ。こんなに、俺の隣で、本当の俺のことを、楽しそうに見る女は、初めてだ。
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