僕と、君と、鉄屑と。

(3)

 俺はいつも、思う。こうやって、麗子を抱く夜を、祐輔はどう過ごしているんだろう。一人きりのベッドで、どう過ごしているんだろう。

 初めて会った祐輔は、少し長い髪を金色に染めて、度のきつい眼鏡をかけた、痩せた、色白の、まるで近未来から来たかのような、バーチャルチックな青年だった。
「ここ、よろしいですか」
ガラ空きのカフェテリアで、祐輔は俺のテーブルに座った。変な奴、と、俺は読んでいた本から少し視線を上げ、どうぞ、と彼のためにスペースを作った。
「いつも、本を読んでおられますね」
どこで、俺を見ていたのかはわからない。俺は彼を初めて見たけど、彼は俺をずっと見ていたようだ。
「情報科学部の、村井祐輔と申します」
「……野間直輝、です」
「二回生ですよね?」
「はあ」
「僕は一回生です」
俺達は不思議な自己紹介を終え、そのまま黙ってランチセットを食べた。
「野間さん」
「なんでしょうか」
「はっきり、申し上げます」
「はあ」
「僕は、男性ですが、男性としか、恋愛が、できません」
突然、何を言うのかと思ったけど、なぜか、その時の俺は、全く驚かなかった。
「そうですか」
「野間さんは、どうですか」
「えーと、俺は……あまり、恋愛自体に興味がないので……」
「今、恋人はいらっしゃいますか」
「いない、かな」
「僕を、恋人にしていただけませんか」
話の流れから、そういうことかとは、予想できていた。
「すぐに、とは言いません。しばらく、僕と友人として付き合い、その後、判断していただければ結構です」
祐輔は、淡々と、まるで何かの数式を読み上げるかのように、一語一句、正確に、愛の告白をした。
「なぜ、俺なの?」
「本を読む姿が、あまりに、崇高でしたので」
変な奴。本日二度目、変な奴。
「僕の、理想の男性なんです」
「俺の、何を知っているの?」
「野間直輝さん。文学部の二回生、趣味は読書、クリスチャンで、休日は登山か教会か、ボランティア。面白味がないと理由で、半年前に、ひと月だけ交際した女性に失恋、というところで、どうでしょう」
「それのどこが、君の理想なわけ?」
「僕は俗的なことが、嫌いなんです」
俺は祐輔の、痩せた首と手と、少し傷んだ金髪を見た。どきついレンズの向こうの瞳は、悲しみが溢れ、孤独と絶望に染まっている。何が、そんなに彼を悲しませているのだろう。彼は何に、そんなに絶望しているのだろう。
「孤独、なんだね」
俺のその言葉に、祐輔は、ポロポロと涙を流した。拭うでもなく、俯くでもなく、彼は俺を見つめたまま、涙を流している。
「君の孤独が埋められるなら、俺はそれで幸せだよ」
その時の俺は、本心から、そう思った。本当に、祐輔を、悲しみから、救いたかった。
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