僕と、君と、鉄屑と。
「大学の時に、起業したんでしょ?」
「え? ああ、そうだな」
「すごいねえ」
俺は別に、すごくない。全ては祐輔の力で、シナリオ。俺はただ、祐輔の書いたシナリオ通りに、振舞ってきただけ。
 俺はそれに、ずっと罪悪を感じていた。俺は世間を欺き、祐輔を陰に埋らせている。そして、祐輔のシナリオは、『俗的』で、俺は、そのシナリオに、葛藤していた。でも、やめられなかった。金とか、地位とか、そんなものではなく、俺は、何かに成功するたび、会社が大きくなるたび、嬉しそうに、満足そうに笑う、祐輔が、嬉しかった。いつしか祐輔の目からは悲しみが消え、孤独が消え、絶望は希望に変わり、俺はただ、俺が祐輔のシナリオを演じることで、祐輔が救われるなら、それでいい、祐輔が幸せなら、それで構わなかった。だから、俺は、精一杯、祐輔のシナリオを演じた。この十年、俺はずっと、演じてきた。俺はずっと、自分を欺き、世間を欺き、祐輔を欺いている。成功を喜んでいる振りをして、祐輔を欺いてきた。俺は嘘でしかない。本当の俺は、もうどこにもいない。
 そしてまた、俺は……
「何を、考えているの?」
麗子は、恐れている。俺が、いや、死んだ恋人が、彼女を置き去りにしたように、また俺が、彼女を置き去りにするのではないかと。
「また、悲しい顔、してる」
話してしまいたい。俺の真実を。麗子なら、俺を受け入れてくれるかもしれない。この罪から、俺を救ってくれるかもしれない。
「あなたのこと、全部知りたいの」
そっと抱き寄せると、麗子の膨らんだ腹が、俺の腹に触れた。
「この子のためにも」
この子のために……父親になるために、俺は……
「別れたんだ」
「別れた?」
「本当は、ずっと、恋人がいた」
「大切な、人?」
「大切だった」
「……どうして、その人と一緒にならなかったの?」
麗子は、同じことを聞いた。初めてこのベッドで抱きしめた時と、同じことを。
「心が、離れてしまったから」
ふと見ると、麗子は、泣いていた。
「なぜ、泣く?」
「あなたの心が、泣いているから」
麗子は、俺のために、泣いていた。もうこれ以上、麗子を苦しめることはできない。これでいい。これが、最後の嘘だ。この嘘で、麗子は、救われる。
「でも今は、お前がいて、子供もいる」
「私で、いいの?」
「お前が、いいんだ」
俺は、地獄へ落ちる。俺はもう、許されない。俺の罪は、死んでも償えない。
「幸せになろう、麗子」
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