僕と、君と、鉄屑と。
 私達は、近くのパーキングに車を止めて、ちょっとオシャレな、オープンテラスのあるカフェに入った。
「膝掛け、もらって来ますね」
テラスからの冷えた空気が少し寒い。やっぱり、女の子のほうが気がつくのね、こういうことは。
 運ばれてきたパンケーキは、チョコソースとイチゴとクリームでデコレーションされていて、とっても素敵。
「美味しい!」
「ここ、穴場なんですよ。麗子さんも、あんまり人に言わないでくださいね」
紗織さんは、冗談ぽく笑った。
 森江紗織さんは、入社五年目の、二十八歳。村井さんの秘書。秘書の秘書ってのも、ちょっと変? 村井さんは秘書とはいいながらも、実質は経営管理のトップで、会社の全権を握っているらしい。
「でも、麗子さん、随分……変わられました」
「え?」
「私、アイスコーヒー、お持ちしたんですよ。シロップ、多めの」
ああ! あの時の……ちょっと、恥ずかしいじゃん。
「あのテスト、何人も受けてるんですよ」
「テスト?」
「そうです。あれ、テストなんです。室長が作った、観察テスト」
そうだったんだ。私はてっきり……
「社長はあんな手荒なことをする方ではありませんから。でも、あんな風に、社長に立ち向かった方は、麗子さんが初めてでした」
そうよね。だって、直輝はあんなに優しいもん。全部、お芝居だったんだ。
「室長も、本当に驚いてましたね。あんな室長、初めて見ました」
「村井さんって、いつもあんな、えーと、冷静、なの?」
「そうですね。滅多に取り乱したり、怒ったりすることはないですね。いつも冷静沈着で……すごい方です。私、尊敬できる上司の下で働けて、とても幸せなんです」
うん? もしかして……?
「ねえ、好きなの?」
「えっ!」
やっぱり。
「好きなんでしょ、村井さんのこと」
「そ、そんな……憧れです。私なんて、室長にそんな、釣り合うわけないし……」
「そんなことないよ。紗織ちゃん、とってもかわいいし、礼儀正しいし、村井さんのタイプかも」
なんだか、すごくかわいくて、『紗織ちゃん』なんて呼んじゃった私の言葉に、ちょっと恥ずかしそうに笑って、でも、嬉しそうに、話してくれた。
「……二年目の頃、ひどく失敗したことがあったんです。社長のスケジュールを、ブッキングさせてしまって、先輩からすごく叱られて。いつもミスばっかりで……みんなに迷惑ばっかりかけて、ちょっと、疎まれてたんです。自分でも、仕方ないって思ってました。私、ほんとにダメだから…もう辞めたいって思って、室長にそう言いに行ったら、この失敗を埋めてもらわないと、辞めさせられない、って仰ったんです。それまで、僕の下で、しっかり勉強して、働きなさいって。嬉しかった。私、てっきり室長にも見放されてるとばかり思ってたから、すごく……嬉しくて……」
へえ。村井さん、優しいんだ。
「恋愛とか、そんなの、別にいいんです。私はただ、室長のそばで働いて、室長のお力になれれば、それで」
「好きなんだね、彼のこと、ほんとに」
「……はい」
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