僕と、君と、鉄屑と。

(2)

 目の前の彼女は、まるで、昔の私。私も、あの人に恋をした。優秀なパイロットの、春日透に。叶わぬ恋だとわかってても、私は彼に夢中だった。彼と同じ飛行機に乗りたくて、彼に認めてもらいたくて、必死だった。
 でも、私はできの悪いCAで、お客様を怒らせてばかりで、その度にチーフと機長に叱られて、同僚からも、冷たい目で見られて。
 あれは、初めてのローマ行きのフライト。彼と一緒のフライトってこともあって、やることなすこと空回りで、機内食のオーダーを三回も間違えて、コーヒーはこぼすし、訛りのきつい英語が聞き取れないし、フライト中、ずっと謝りっぱなしで、目的地にやっと着いても、私は現地のパーサーからまだ叱られて、先輩からは、もう佐伯と一緒にチームを組まないでくれ、とまで言われて……現地のホテルの部屋で泣いていた私を、彼が、訪ねて来てくれた。
「佐伯くん、これ、おいしいんだって」
彼はどこで買ってきたのか、ケーキの箱を、テーブルに置いた。
「……ご迷惑ばかりおかけして……すみません……」
彼はデスクの退職願を見て、言った。
「ミスは、誰にでもあるんだよ」
「でも、私……もう無理です……」
「この前のフライトだったかなあ。降りてきたお客様がね、飛行機は初めてでとても不安だったけど、笑顔の素敵なCAさんがいて、安心して旅を楽しめたって、僕に仰った」
そういえば、随分不安そうにされているお年寄りのご夫婦がいたっけ……
「確かにね、君はCAとしては、ちょっと……成績はよくないかもしれない。でも、それだけじゃないと思うんだ。パイロットだって、操縦技術だけじゃない。わかるよね?」
彼は私の出したコーヒーを飲んで、持ってきてくれたケーキを食べて、微笑んだ。
「君の笑顔を見ているとね、僕も安心するんだ」
「春日さん……」
「僕と一緒に、これからも空を飛ぼうよ」
その時のキスは、クリームの甘い香りがして、ちょっと、ミルクくさい、味がした。

「頑張れば、きっと通じるよ」
「そうなれば、素敵ですね」

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