僕と、君と、鉄屑と。
「雪で、欠航だって」
その夜は珍しく大雪が降って、せっかくのパリ行きは、おあずけになってしまった。がっかりした私は、空港でちょっと買い物をしたり、同僚とお茶をしたり。その間に、彼からの電話が鳴っていた。でも、私は、同僚とのお喋りに夢中だった。彼からの電話には、出なかった。
「電話、鳴ってるよ?」
「また、後でかける。どうせ彼のことだから、今日は欠航じゃないのかとか、そんなことよ。でね、この前のフライトでさ……」

 後でかければいい。どうせ、いつものこと。大事な用なら、またかかってくる。

 でも、もう、電話はかかってこなかった。そして、私からの電話も、かからなかった。

「佐伯、ちょっと」
家に帰ろうとしていた私に、訓練所の教官が、私に声をかけた。
「春日、どうかしたのか?」
「え? あの、どうかしたって?」
「来てないんだ。連絡もないから、どうかしたのかと思って」
「いえ……朝、いつも通り、家を、出ましたけど……」
「おかしいな。無断欠勤するような奴じゃないのに」
私の手は震え始め、呼吸が苦しくなり、胸の中から、何かが逆流し始めた。『嫌な予感』。それしか、私の中にはない。
 私は夢中でタクシーを飛ばし、家に帰った。家にいて、お願い! でも、家の中は真っ暗で、彼はいなかった。何度も電話をかけたけど、電話はつながらない。私は心当たりを探したけれど、彼はどこにもいなかった。道路には雪が積もって、とても寒くて、私のパンプスの足は、氷のように冷たくて、一歩、歩くたびに、まるでナイフがささるかのように、ずき、ずき、と足が痛む。
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