僕と、君と、鉄屑と。

(3)

「お待たせしました」
「仕事じゃないの? 大丈夫?」
「室長から、麗子さんの様子を聞かれたんです。心配症だから、室長。麗子さん、携帯、お忘れですか? つながらないって、室長、心配されていますよ」
「ああ、つい、忘れちゃうの」

 私は一睡もせずに、彼を待っていた。濡れた足はもう死んでいるかのように、何も感じない。
 そして、夜が明けたころ、携帯が鳴った。
「確認に、来ていただけますか」
そこにいた彼は、いつものように、眠っていた。穏やかな顔で、朝のスーツのままで、冷たい、氷になっていた。
「春日透さんですか?」
「……はい」
遺書は、なかった。透は、ベンチで眠っていた。寒い、雪の中で、二人で飛行機を見た場所で、彼は、凍ってしまった。何も言わず、私の前から、消えてしまった。
 なぜ、気づかなかったんだろう。あの場所にいるかもしれないって。あの場所で、私の乗る飛行機を見てるんじゃないかって。きっと、あの電話は、彼の最後のメッセージだった。助けに来て欲しいって、そう、言いたかった。きっと、最後の、彼の叫びだった。どうして、電話に出なかったんだろう。あの時、電話に出ていれば……出れたのに。彼の声を、聞けたのに。彼の最後の叫びを、聞けたはずなのに。ううん。朝、ちゃんと顔を見ていれば、彼の決断に気づいたはず。彼は聞いた。何便に乗るかって。聞いたじゃない。なのに私は……彼に何度も救ってもらったのに、私は一度も彼を救えなかった。それどころか、何も、何も見ていなかった。彼の苦しみや絶望に、何も気づかないまま……私が彼を殺してしまった。
 私が、聞きのがしたから。私が、見のがしたから

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