僕と、君と、鉄屑と。
「さあ、麗子さん、お身体に障りますから、そろそろお車へ」
車に乗ると、紗織ちゃんの携帯が鳴っていた。
「……ええ、一緒です。お待ちください」
紗織ちゃんは、携帯を差し出した。
「社長です」
「……もしもし」
「麗子? 大丈夫か?」
「うん」
「なかなか帰らないから、心配するじゃないか」
「今、どこなの?」
「家だよ。少し時間ができたから、帰ってきたらいないからさ」
「紗織ちゃんと、お話してたの」
「そうか、それならいいんだけど。何かあったのかと思って心配したよ。携帯もつながらないしさ」
「ごめんね」
「じゃあ、会社戻るから」
「うん。気をつけて」
電話が、切れた。
「社長、心配されてるんですよ」
「うん……ちゃんと、ケイタイ、携帯しないとね」

 家に帰ると、エアコンがついてて、部屋はあったかい。直輝がつけておいてくれたみたい。ソファには、紙袋が置いてあって、中には、マタニティ用のパジャマが入っていた。買って来てくれたんだ。ありがとうって伝えたくて、スマホの電源を入れると、何通もの不在通知が入ってきた。直輝と、村井さん。心配、してくれてるんだ。電話をかけたけど、留守番電話に、切り替わった。お仕事中だもんね。メッセージを送ったら、しばらくして、返信があった。『今会議中で、すごく眠い』って。もう、ちゃんと仕事してるのかしら。
 
 聞きのがすのは、携帯のせいじゃない。見のがすのは、テレビのせいじゃない。全部、私のせい。もう絶対、聞きのがさない。見のがさない。私は絶対、直輝を離さない。だって、愛しているから。直輝も、私を愛してる。直輝は、救ってくれた。私を、冷たい、一人の朝から、救ってくれた。だから、私も、あなたを救いたいの。直輝、愛してるから。あなたの苦しみを、私にも背負わせて。

 『愛してる』って、メッセージを送った。すぐに既読がついて、『俺もだよ』って、メッセージが来た。会議中なのに。また、村井さんに、叱られちゃうよ。

 わかってるの。他にも、愛している人がいる。彼を、愛している人がいる。別れたなんて、ウソ。彼は、その人と、私の間で、苦しんでる。そして、もっと何か、大きな苦しみを、彼は背負っている。
 
 ねえ、透。お願い。その空から、この子と、夫を、守っていて。
 ……罰を受けるのは、私だけで、充分だから。
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