僕と、君と、鉄屑と。

(2)

「室長、あの……関口さんが……お見えなんですけど……」
「関口? ああ、あの三流記者か。僕の部屋に通して」
森江くんは、はあ、と心配そうな顔をして、関口を呼びに行った。彼女も、随分成長したもんだ。ここに来た頃は、出来損ないを絵に描いたような女だったが。

「どうも、村井室長さま」
相変わらず、下品な男だ。吐き気がする。
 僕は人払いをして、関口と、向かい合った。
「どうでしょうか? なかなか、よく撮れてると思うんですけどねえ」
関口は、下世話な、男同士のキスシーンを、テーブルに広げた。
「しかしまあ、こうやって、リアルに見ると……なかなかセンセーショナルなものはありますねえ」
下品な三流記者は、ニヤニヤと笑って、自分の撮った写真をしげしげと眺めた。
「これで君も、立派なスクーパーだ」
「しかし、どうしたんです? こんなスクープを、あなたから提供していただけるなんて」
僕は、あの夜、この男を、待たせていた。あの駐車場に、カメラを持って……写真を、撮らせた。
「君の記事を読むような俗的な人間は、ここまでで充分だろう」
「確かにねえ。今を時めく野間直輝はゲイで、参謀とデキてて、金で買った嫁さんがいて、子供まで生ませて。いやはや、恐ろしい男だ」
僕は、この男のセリフに、途轍もない憎悪を感じたけれど、それは、まさしく、僕の、シナリオ。
「今後一切、我々の前に、現れないでいただこう」
「野間直輝が、空っぽの、単なるあなたのマリオネットだってことは、黙ってろって、ことですか」
「そんな事実は、ない」
 僕は、それを、恐れていた。恋愛ゴシップなど、そのうち消える。そもそも、僕の『ネットワーク』を使えば、こんなくだらない記事、瞬殺できる。
 だが、経営に関することは別だ。今、会社は大事な時なんだ。今、しくじるわけにはいかない。麗子の腹の中の子供のように、『僕』の会社は、あと少しで、外に出ようとしている。世界に、出ようとしている。やっと、やっと、僕は、成功するんだ。僕は、もう、キモいホモ野郎でも、貧相なオタク野郎でもない。僕は、成功者になるんだ。そして、僕を謗り笑った人間を、謗り笑うんだ。
 ねえ、直輝、僕は、君だけは許していたんだよ。なのに君は、僕を裏切った。こんなに君のために尽くしてきた僕より、あんな薄汚い、ゴミのような女を選んでしまった。そして、僕を騙そうとしている。愛してる? 冗談じゃない。僕はね、真偽を見分ける能力が、誰よりも優れているんだ。
 でも、君が僕をそうするなら、僕も君をそうするよ。君は、永遠に、僕のものだ。僕の性欲を満たし、僕のシナリオを演じ、僕を成功させろ。許さない。あんな女の所になど、絶対に行かせない。君は僕のためだけに、生きろ。
「あなたも、恐ろしい男だねえ」
「僕は秘書として、任務を全うしているまでだ」
関口は、僕を蔑む目で見て、立ち上がった。
「愛の力は、偉大だなあ」

 いや、僕はこんなことのために、こんな粉塵みたいな男と取引しているんじゃない。君には、もっと重要なミッションがある。
「記事が出る前に、一つ、やってもらいたいことがある」
僕は、ブリーフケースから、銀行のマチ付き封筒を、その写真の上に、投げた。
「なんですか」
関口は、座り直し、封筒の中味を見て、にやり、と笑った。

「再来週の土曜日、夫婦同伴の、パーティがある」
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