僕と、君と、鉄屑と。
「随分、アドリブがきいているね」
僕の言葉に、直輝はいつものように俯き、目を閉じ、じっと、黙っている。
「あれじゃあ、まるで、夫婦だ」
僕は、直輝を追い詰めている。わかっている。でも、僕は……直輝を、離したくなかった。直輝を、僕だけの直輝に、しておきたかった。
「僕のこと、愛してるよね?」
「祐輔……」
「僕達は、愛し合ってるよね?」
「……愛してる」
直輝は、そう低く呟いて、僕に微笑んだ。
「祐輔、愛してる」
「よかった」
「でも、今は……麗子も、大事な時期なんだ。あまり……心配させたくない」
 麗子の腹の中の子供は、まもなく七ヶ月になる。不思議なものだ。腹の中で、何も食べていないのに、水の中で呼吸もできないのに、麗子の腹の中には、人間が一人、存在している。そして君は、そのまだ見えない人間を守るために、金で買った女を守るために、僕に嘘をついている。許せないな。僕は君が許せない。
「そうだね。麗子のお腹には、僕達の子供がいるんだもんね」
「辛い思いをさせて、悪いと思ってる」
なぜなんだ。なぜ君は……そうやって、僕を許すんだ? 君は、それが愛情だと思っているのかい? それが優しさだと思っているのかい? そんなのはね、愛情でも、優しさでも、なんでもない。ただの……同情なんだよ……
「直輝、キス、してよ」
「ダメだろう。誰かに、見られたら……」
「こんな夜中に、誰もいないさ」
もう、夜中の二時をまわっている。僕は、同情でも、憐れみでも、やっぱり、直輝を愛してる。直輝が、欲しい。あんな女に、直輝を渡せるわけがない。
「キス、できないの?」
「できないわけ、ないだろ」
そう言って、直輝は、いつものように僕を抱き寄せて、優しく、甘く、僕にキスをした。
「もっと……」
そして、僕達は、熱く、長く、強く、キスをした。その時間は、どれくらいかはわからないけど、ほんの、数秒か、数分か、わからないけど、僕達は、キスをした。初めて、僕達が一緒に過ごすようになって初めて、僕達だけの世界の外で、キスをした。
「僕だけの、直輝でいて」
「祐輔……俺は……」
「僕だけの、直輝だよね?」
直輝は、答えなかった。答えずに、あの、鉄屑を、握りしめた。ねえ、言っているだろう。僕はね、君のその姿が……その崇高な姿が、一番嫌いなんだよ。僕をまるで、穢れのように、ねえ、直輝、君にとって、僕は穢れなのかい? 僕は……穢れなんかじゃない! 僕は君の、ただの恋人だ!
「麗子を、傷つけたいの?」
「……どういう、意味だ?」
「僕だけの直輝でないなら、僕は麗子に、全てを話す」
 直輝、お願いだよ。君しかもう、僕を止められない。止めて欲しいんだ。僕はもう……自分では、どうにもならないんだ……これは、僕の最後の、警告なんだよ……なのに……
「祐輔、麗子は、何も知らずに、俺達を信じてるんだ。このまま……何も知らないまま……頼むよ……」
……直輝、君は、僕の警告を無視したね。……許せない。僕は、君とあの女を許さない。
「今夜は、一緒に寝たいな」
「そうだな。一緒に寝よう」

 いつからか、僕が『偽り』になっている。君は、偽りの愛で、僕を抱いている。僕はまた、愛のない、セックスを、している。
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