僕と、君と、鉄屑と。

(3)

 いつの間にか、冬が過ぎ、春になり、麗子の出産も近づいている。麗子のその腹は、誰が見ても、大きくなっている。
「ずいぶん、お腹が大きくなりましたね」
「そうでしょう。もうね、七ヶ月、過ぎたの」
「わかっているんですか?」
「何が?」
「性別です」
麗子は僕の言葉に、うっとりと、幸せそうな笑みを浮かべ、バックミラー越しに、僕に微笑んだ。
「聞けば教えてくれるんだろうけど、聞かないことにしたの」

 今日は森江くんに休暇を取らせ、僕がパーティ会場まで、麗子を送っている。

 ホテルに着くと、麗子は、大きくなった腹を支え、車から降りて、腰が痛いのよ、と笑った。
「今日で、とりあえず終わりにしましょう」
「パーティ?」
「お辛いでしょう」
「ありがとう。お腹が重くて、立っているのがつらいの」
「そうですか。社長を探してきますので、こちらでお待ちください」
 サロンで麗子を待たせ、僕は、スマホの電源を落とし、ロビーでしばらく、待った。そして、十五分ほどして、あの男が、現れた。
「どうも、村井さん」
関口は、僕の顔を見て、ニヤニヤと笑った。
「どうぞ、こちらへ」
僕は関口に続き、エレベーターに乗った。
「こちらです」
関口の開けたドアの向こうのシングルベッドには、麗子が眠っていた。いや……おい、ここまでやれとは言っていないだろう! 僕は部屋に連れてこいと言っただけだ!
「麗子さん! なんてことをするんだ!」
 麗子は猿轡をされ、手を後ろ手に縛られていた。僕の顔を見て、うーうーと麗子が声を上げる。
「妊婦なんだぞ!」
僕は慌てて、猿轡を外し、腕のロープを外した。
「大丈夫ですか? 何ともありませんか?」
怖かった、と麗子は泣いている。まったく、これだから、低能な人種は困る。勝手なアドリブを入れるんじゃない!
「こんなことをして、ただで済むと思うなよ!」
「どうしようって言うんですか」
「刑事告訴する! これは立派な誘拐、監禁だ!」
「まあまあ、村井さん。それより、ちょっと聞かせてくださいよ」
「君と話すことはない」
「これ、見てください」
関口の見せたスマホの画面には、あの、写真がある。
「これ、誰ですか?」
「さあね」
「僕には、村井さんと、野間社長に、見えるんですけどねえ」
僕は、麗子を、見た。
「奥様に確認していただいたら、わからない、と仰っるんで、やはり、ご本人にも確認していただこうかと」
麗子は俯いて、泣いている。その姿は、まるで……あの、鉄屑を握りしめた、直輝のよう。僕はまた、あの苛立ちを、感じ始めた。

 苦しめ。麗子、苦しめ。君は僕の大切なものを奪った。その罪は……償ってもらう。

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