僕と、君と、鉄屑と。
「野間社長って、パソコンなんてほとんど使えないそうじゃないですか」
関口? そんなことはシナリオに書いていないぞ?
「……だからなんだ?」
「野間社長はただの、マリオネット」
「話すにも値しない」
「あなたは、野間社長の、ゴースト」
「おい! やめたまえ!」
「村井さん、僕もね、これでも、ジャーナリストの端くれなんですよ」
関口の顔から、ニヤニヤが、消えた。何がジャーナリストだ。貴様など、ただの、寄生虫じゃないか。もうこんな三文芝居も終わりだ。まったく、使えない奴だ。 
 僕は関口を睨み付け、麗子の肩を、優しく、抱きかかえた。
「麗子さん、気にすることはありません。さ、行きましょう」
でも、麗子は、動こうとしない。
「麗子さん、さあ」
「本当、なの?」
「デタラメです。こんな人間の言うことなんて、間に受けてはいけません」
 ふむ、いい感じだ。多少、僕のシナリオからは外れたけれど、この女の顔。無様な顔。いい気味だ。いつもへらへらと笑っている、この女の今の顔を、あの直輝にも見せてやりたいよ。さあ、麗子、怒れ。騙してたのか、と怒って、僕と直輝に、下劣な非難をしろ。最低だ、キモい、って、さあ、言え。直輝など、もういらないって、言え。こんな子供、いらないって、言え!
「奥さん、前々からね、噂があったんですよ。この村井室長と野間社長は、そういう、関係だとね。あなたは、フェイクなんです。二人の関係を隠すための、フェイクなんですよ」
「フェイク……」
「契約、しませんでしたか?」
関口は、麗子を追い詰める。その姿は、いつもの下劣な三流記者ではなく、まるで……死神。死神は、虚構の僕達を、今、何もかも、消去しようとしている。
 その死神の前で、麗子は、ずっと俯いて、口を噤み、じっと、目を閉じている。その薄いピンクのワンピースは、あの日、僕と一緒に買った、ワンピース。麗子は薄いブルーのワンピースと散々迷った挙句、僕にどちらがいいかしつこく訊ね、面倒臭くなった僕は、ピンクの方がお似合いですよ、と適当に返事をしたのに、この女ときたら、そう、村井さんがそう言うなら、ピンクに決まりね、と嬉しそうに笑ったのだ。本当に、バカを絵に描いたような女だ。その、薄いピンクのワンピースに、ポタポタと、涙が落ち、少し濃いピンクに、染まっていく。
「奥さん、僕はねえ、奥さんがお気の毒で仕方ないんですよ。だからあの時、お伝えしようとしたのに……こんなにお腹が大きくなってしまって……取り返しがつかないじゃありませんか」
関口は汚らわしい手で、麗子の、直輝の子供のいる腹を、撫でた。
「あなたは、騙されてるんです。この二人はね、ゲイなんですよ。あなたを辱めて、二人は楽しんでいるんです」
なんて下劣な……最低な男だ……でも、それは……僕の、シナリオ……
「そしてね、あなたのご主人は、ただの、マリオネットなんですよ。この村井室長の、操り人形。野間社長も、この村井室長に、騙されているんです」
 ……なんてことだ……やはり、関口のような下劣な男と取引した僕が間違っていた。まあ、もういい。どのみち、いずれは、こうなることは、わかっていた。エンドロールが、少し早まっただけだ。
 もう、麗子にも、直輝にも、用はない。もう、貴様達など、用済みだ。
 さあ、麗子。慰謝料の話でもしようか? 仕方がない。その子は、僕の養子にしてやろう。しかし、君とあの直輝の子供だからね、到底、優秀な人間だとは思えないが。
「奥さん、どうですか。告発するなら、僕がお手伝いいたしますよ」
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