僕と、君と、鉄屑と。
 サロンの店長に、十八時に迎えに来ると伝え、僕は近くの、もちろん、禁煙の、カフェに入った。今時、禁煙でない店があるなど、僕には信じられないが、そういう場所にこそ、僕の求める『人材』はいる。さて、あの女のリサーチでもしておこうか。
 
 佐伯麗子。意外にも、麗子は四大卒の、普通の家庭で育った女だった。さらに意外なのは、二年前まで、大手航空会社のCAだったことだ。それがなぜ、あんな場末のキャバクラで、しかも二十八にもなって、安ホステスをしているんだろう。まあ、下手な男にでも騙されて、結婚しようとして退職したけど、結局捨てられた、とか、そんなところかもしれない。よくある話だ。二年前はCAだったかもしれないが、今は下品と書いたタスキを肩から掛けた、薄汚れた女でしかない。金でどうにでもなる、薄汚い、女でしかない。僕の、最も軽蔑する、底辺の人種でしかない。

 気が付くと、十七時五十分になっていた。僕としたことが。時間に遅れるなど、絶対に許せない。僕は急いでカフェを出て、麗子を迎えにサロンへ向かった。

「あら、村井さん」
麗子はとうに施術が終わっていたらしい。鏡の前には、違う客が並んでいた。時間は十七時五十八分。よかった。間に合った。
「麗子さん、奥にいますよ。どう? 結構イメチェン、したと思うんだけど」
店長はそう言って、奥にいる、麗子らしき女を指した。麗子らしき女は、随分変わっていたが、まぎれもなく、麗子だった。
「おっそ」
「遅刻はしていませんよ」
麗子の髪は短くなっていて、下品なメイクは薄くなっていて、錆びたような茶髪は、上品なダークブラウンに染められていて、剥げかけた赤い爪はパールピンクに光っている。普通。麗子は、『普通』の女になっていた。
「なんか言えよ」
ふむ。こういう場合、なんて言えばいいのだろう。確か……
「お似合いです」
「てめえは、店員か!」
麗子は笑って立ち上がった。ここに来た時は全く違和感のなかった下品な紫のスーツが、どうも似合わなくなっている。
「ねえ、必要なもんは買っていいんだよね?」
「ええ」
「じゃ、服、買いに行こうよ」
「わ、私と、ですか?」
「誰が支払いすんだよ」
「わかりました」
とはいえ、女性の服など、どこで買えばいいのやら。
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