僕と、君と、鉄屑と。

(3)

 直輝、君はこの風景を、どんな気持ちで眺めていたんだい? 見てごらんよ。肩がぶつかっても、声を掛け合うどころか、目を逸らし、通りすがりに、ひっそり睨み付けるだけの、あの小さな人間達。誰かが隣で、助けを求めても、見てぬふり、気づかぬふりじゃないか。かと思えば、小さな液晶画面に向かって、姿の見えない誰かと、一生懸命つながろうとしている。目の前にいる誰かよりも、見えない、どこにいるかもわからない誰かに、助けを求めている。かつての、僕のようにね。そして、君のように。
 わかっていたんだ。君がこんなことを望んでいなかったことを。僕のために、君は君を殺していたことを。でも、僕はね、君を救いたかった。君は僕を、液晶画面の中から救ってくれた。僕と同じように、俗世に絶望し、君の創り上げた桃源郷のような世界に、君も逃げていた。だから僕も、君を救いたかった。
 直輝。
 僕たちは、俗世に生きている。嫌でも、生きていかなければいけない。どんなに辛くても、苦しくても、僕達は俗世に生きている。どうせ生きるなら、どうせ耐えなければならないのなら、成功しようじゃないか。金を稼ごうじゃないか。そして、僕達の本当に望む世界を、人生を生きようじゃないか。僕はね、ただ、そうしたかったんだ。君にも、そうして欲しかった。僕と同じ、俗世に生きて欲しかった。君となら、僕は、どんな苦しみにも、耐えられたから。
 でも、いつからか、僕はすっかり、俗世に染まっていたよ。僕は結局、あの小さな人間達と同じように、やっぱり、僕の嫌う俗世の住人にしか、なれなかった。それなのに、君は、染まらなかった。君はずっと崇高だった。悔しかったんだ。僕は君が悔しかった。目の前にいる僕じゃなくて、俗世に染まっていく僕じゃなくて、その小さなロザリオに、目には見えない神とやらに、助けを求める君が、憎かった。君を見ていると、まるで僕は、愚民で、俗人で、穢れで、僕は……君を穢すことで、麻薬のような、一瞬の安静を手に入れることが、精一杯の、抵抗だったんだ。
 告白するよ。
 本当はね、僕も君のようになりたいんだ。誰も憎まず、誰も羨まず、僕は、君のように、麗子のように、なりたかった。こんな僕でも……誰かに、愛されたいんだ。
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