今宵、月が愛でる物語
「………………」

動こうとしない風華。

その手は微かに震えている。

「ふう…」

「何であの時、言ってくれなかったの。」

絞り出すように震える声。

「…え?」

今、なんて…

「兄妹でもなんでもいいから離したくないって、何で言ってくれなかったの?


私はその言葉を待ってた。


許されないけど、それでも…それでもそばにいてくれって何で言ってくれなかったの!?


そう言ってくれたら……


そしたら……


そしたらっ…!


全部捨ててでも祐を選んだのに!」

「…っ!」


ドンと、心臓を突かれるようだった。


『全てを捨ててでも一緒に』


あの時何度…何度、その言葉が出かかったか。

だけど…だけど。

認知さえされず、養育費を渡されるだけで一人必死に娘を育ててきてくれた大切な母親を捨てて『一緒に来い』なんて言えるわけなかった。

「……風華。」

肩に手を置き、こちらを向かせる。

俯いたままの顔からは、雫がポタポタと落ちる。

「風華。俺はお前を、祝福されない花嫁になんかしたくなかった。

……結婚するんだろ?おふくろさん、喜んでくれてるんだろ?」

コクリと頷く風華。

胸は張り裂けそうに痛むけど、それでいい。

「幸せになれよ。

お前はもう全てをその人に預けろ。

そしたら俺も…

前を向いて進むから。

だから、笑って………

頼む。

笑って、行ってくれ。」

吐き出した想いに声は掠れていた。

掴んでいた肩の手を離し、ひとりリビングへ戻る。


限界だった。


泣きそうな顔を見られるのも、


触れている手を離せなくなりそうなことも。



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