今宵、月が愛でる物語
オフィスのロックをかけてもらうため守衛室に立ち寄る。

そこにいたジジィはあからさまに俺を睨んでいて、

「朱夏ちゃん。こいつに泣かされたらワシんとここいよ。」

そんなことを図々しくも抜かしてきた。

「ワシをナメるな。防犯カメラでお前らの行動は筒抜けだ。どれだけの従業員の色恋を見てきたと思っとる?」

………………視線の正体はこいつか。

「朱夏は俺の!これからたっぷり見せつけてやるから来週から覚えとけよジジィ。」

得意げにそう言い捨て、ヒラヒラと手を振って彼女と立ち去る。

悔しそうなジジィに手を繋いでるのを見せつけるのはとっても気分がよかった。

………隣の彼女はものすごく真っ赤だけど。

「………恥ずかしかった?」

「えっ!だっていきなり名前呼ぶからっ!」

……あ、そっちか。

「ダメだったの?」

「いえ、ダメじゃなくて………もう!」

プリプリと怒り始める朱夏…。突然名前が出たから驚いたんだろう。

「はは。わかってるよ。でも………、

二人の時は遠慮しないよ、朱夏。」

ワザと、息がかかるほどの距離で耳元で囁く。

さらに溶けてしまいそうなくらい真っ赤になってしまった朱夏は、その視線を俺に向け、こう言ったんだ。

「じゃあ……私も遠慮しないよ、冬吾。」

「………っ!」


ートウゴ。ー



しまった。



油断した。



心臓を射抜かれた。



………なぁ、ずっと覗いてたお月様。



俺の朱夏は………



実は俺より上手かもしれない。


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