楓の樹の下で
第八章 “恫喝”
あの日から三日目。
一昨日も昨日も森山先生は学校を休んだ。
どうして来ない。
来てくれなければ、行動にうつす事が出来ない。
もしかしたら、近所に住んでたかもしれない。
あの日帰らず後を追えばよかったと、今更ながらの後悔する。
今日来なかったら、いやこのまま来なかったどうする?
もし見てたとして、見たことを誰かに言ったら?ましてや警察にでも行かれたらボクの自由はそこで終わりだ。
あの日追いかけることに必死だった。
後ろなんて振り返りもしなかった。
だから、いつから後ろにいたかなんて、わからない。

やっとアイツから自由を手に入れたんだ。
暗くて狭いあそこから、出て来れたんだ。
早く先生をどうにかしなくてはいけない。
でも、出来ない。
この行き場のない想いが怒りになり、たまらなくイライラする。
今日は来るのかと思いながら学校へと向かう。
学校に着き教室に向かう。
いつも通りの朝だ。
チャイムが鳴り教室に先生が入ってくる。

森山だ!
今日は来たのだ。
やっと出てきたか。
先生に向かって『風邪大丈夫?』と、それぞれが質問する。
先生は大丈夫よ。と、優しい声で返事をしている。
ボクはただ黙って先生を見つめる。
避けてるのがわかる。
ボクが見てるのを先生は気付いてる。
なのに、気付かないふりをしてる。
やっぱり見たんだと、確信した。
確定したなら、あとは行動するのみだ。
でも、すぐにどうにかしてしまうのも可哀想だな…やっぱり確かめるか…。
どうやってしようかなぁ!?
考えてると授業が頭に入らない。まぁわかってるところだから、全く問題はない。

昼になり帰る時間になると、みんなが帰って行くなかボクは教室に残った。
先生と一対一になる為に。
いつも通りに廊下で一人一人に声をかけている。
声がなくなった。
先生が戻ってきた。
ボクに気付く。
今日初めてボクを見た。

いつもと変わらない笑顔で声をかけてきた。
「山科くんは、まだ帰らないの?」
「先生?」
「ん?なぁに?」
「どうしたの?手、震えてるよ。」
言われた先生は手で手を押さえる。
ゆっくりと距離を縮めていく。
「先生なかなか学校に来ないんだもん。ボク、寂しかったよ。」
「ん?どうして、何も言ってくれないの?」
先生は少しずつ後ろに下がっていく。
「ねぇ先生?あの歩道橋で何か見たの?」
「どうして、そんな事聞くの?」
「うわぁ先生、声も震えてるぅ!!」
おかしくて笑ってしまう。
「あれから学校に来ないから、どうしてかなって思ったの」
「それは、風邪で…」
消えそうな声だ。
「えぇ!聞こえない!?」
大声を出すと今度は先生の体が震えだした。
「あのね、先生…ボク考えたんだ。」
「なにを…?」
先生の背中に壁が当たる。
とたんに座り込んだ。
ボクはそのまま先生のそばへと歩いて行く。
「この教室で自殺するんだ。」
「駄目!山科くん、そんな事しちゃ駄目よ!先生と一緒に警察行こう?!」
お腹が痛くなるほど、大笑いした。
先生の顔が恐怖で崩れる。
涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。
「どうして?どうしてボクが死ななきゃならない?」
「えっ……?」
混乱が入り混じる。
「先生がこの教室で自殺するんだ。首を切ってね。」
後手に持っていたカッターナイフを見せた。
先生は首を激しく横に振る。もう言葉が出ないんだと思った。
「あぁ〜ぁせっかくの綺麗な顔なのに、ぐちゃぐちゃだよ。」
ボクはポケットからハンカチを取り出して、先生の顔を拭いてあげる。
「ボクって優しいでしょ!?」
笑ってみせる。
先生は一層泣き出すと話した。
「どうして、こんな事するの?こんな事してなんの意味があるの!!」
「だって、先生が邪魔になったんだもん。優しくて危害のない先生のままでいてくれれば、よかったのに、あの日ボクを追い掛けたりするから、結果こんな目にあってるんだよ!自業自得ってやつ。」

母親にいつも言われてた。
殴られたり蹴られたりするのは、お前の自業自得だ!って。

「先生は初めての担任で耐えきれなくなって死ぬんだ。ねっ?ありそうな理由でしょ?」
首にカッターナイフを当てる。
先生にボクの手を払う気力はなくなっていた。

「日向っっ!!」
勢いよく背後の扉が開いた。
ビクッとした。その拍子に先生の首元を少しカッターナイフが横に滑る。
じわりと血がにじみ出る。
振り返ると鏑木が息を切らし立っている。

「鏑木…さ…ん。」
安堵の表情で先生が言った。
「どうして正親兄さんがいるの?」
「日向…もうやめよう。お前は病気だよ。人を殺したり、そんなことしても心が痛まないなんて…。」
手を差し伸べながら、ゆっくり歩いてくる。
この手を取れば自由ではなくなる。
捕まりたくない。
とっさに走りだす。
「日向!!!」
廊下に出て校庭に出て、そのまま向日葵に走って行く。

向日葵について、自分の部屋に走る。
瞬がかけてきた、邪魔だと思い睨んだ。
体をビクッとさせて固まる。
部屋の引き出しから一枚の写真を手にして、再び出て行く。
ここはもうボクのいる場所じゃなくなったんだ。
居間に入ると誰もいない。
居間にある棚の引き出しをあける。
向日葵の財布があるのを、知っていた。
その財布を手に取る。
固まる瞬に声をかけた。

「瞬…こんなボクを好きになってくれてありがとう。」
ボクの本心だった。出てくる涙を拭った。
そのままボクは向日葵を出て行く。
もう戻れないと思いながら。
「バイバイ。」


< 26 / 34 >

この作品をシェア

pagetop