楓の樹の下で
電話の先に森山先生の気配がない。
何かがおかしい。
そう思った瞬間、微かに声がした。
森山先生が誰かに何かを聞いているのか?
相手の声は、聞こえない。
もっと聞きたくて携帯を耳に押し当てた。
耳を澄まして聞こうとした。
不意に日向の怒鳴る声が耳に突き刺さる。
弾かれたように、俺は走り出した。
森山先生は、まだ帰らないの?と言っていた。
ならば、間違いなく場所は学校だ!!
必死に走った。
何かあったらと思うと心臓が今にも爆発しそうだ。
その間も電話の声に意識を集中させる。
日向の声がはっきり聞こえてくるようになった。
電話の日向は先生に向かって死んでもらうと言った。
聞き間違えなんかじゃない。
15分程で学校に着いた。
一年生の教室は一階だ。
朝陽と夕陽の授業参加などで来てるから場所もわかる。
校舎に入る前に青木さんに電話をした。
もう頼るしかなかった。
向き合うと決めたばかりなのに、もう頼るしかない自分の無力さが嫌になる。
けど、今は落胆してる場合じゃない。
覚悟を決めて教室の扉を勢いよく開けた。

手にカッターナイフを持ち森山先生の首にあてがっていた。
俺の存在にびっくりした日向がカッターナイフを横に滑らせた。
途端に森山先生の首から血が滲む。
日向に手を差し伸べながら近付く。
日向は走り出して俺から逃げた。
目の前に意識朦朧とした先生が、消えそうな声で俺を呼んだ。
先生をそのままにして置いて行けなかった。
急いで救急車を呼んだ。
大声で助けを求める。
何事かと数人の教師が集まる。
森山先生の姿を見て、慌てふためく。
救急隊が駆けつけ先生を運んで行く。
入口に出たと同時に青木さんが来た。
森山先生を他先生たちに任せて、俺は青木さんの車に乗り込んだ。

「鏑木さん何があったんです?」
「説明しますから、とりあえず向日葵へ行ってもらえませんか?」
向かう車の中で電話で聞こえた会話や、教室での事を、話した。
青木さんはやっぱりかと呟いた。
どうゆう事かと問いただす。
「いや、そもそもの事件の母親の事ですが、日向くんが犯人やと思ってるんですわ。」
青木さんが言った言葉をのみ込めない。
「母親が死んでたのは布団の上で殺されとった、その後布団かぶせて隠しとった。ここでまず、我々は顔見知りの犯行と断定しました。隠す行為は死体を見てるのが耐えれんことなんです。それから指紋です。凶器の金属バット、あの子が入れられてたゴミ袋、縛られた紐、口を塞がれてたテープ…どれも、被害者と思われた日向くん本人の指紋しかなかったんです。」
「でもそれじゃあの子が母親を殺し、自分で自分を縛ったりして、自分を捨てたって言うん…です…か?」
言いながら思い出した。確かあの時…。
「気づきましたか?あの時鏑木さんの証言では、ゴミ袋は封されてなかったって言ったんです。」
『確かに言ったし、確かにゴミ袋は開いてた…だとしたら、自ら入ることは可能なのか…』
考えを見透かされた様に青木さんが言葉を続ける。
「だから可能なんですわ。自分で入ることは…。」
「そうですね…でもそれが今の日向かどうかわかりません。」
「えっどうゆうことです?」
向日葵に着く。
「後でお話します。」
そう言って車を降り玄関に向かう。
玄関に入ると瞬が玄関に座ってた。
「瞬?どうした?」
顔を上げた瞬は目を真っ赤にさせて、泣いている。
日向はここに帰ってきたんだと気づく。
「瞬!なにがあった?日向は?」
「ひなた…くん、行っちゃった。バイバイって…。」
血の気が引いていくのがわかる。
黙って瞬を抱きしめた。
「朱里〜!!」
大声で叫んだ。家の端まで聞こえるぐらいの大声で叫んだ。
慌てて朱里が飛んできた。子供たちも何事かと集まる。
「何?なにがあったの?」
抱きかかえた瞬を朱里に渡して日向の部屋を開ける。
いない。
何処に行ったんだ??
「正親さん!!」
居間から朱里の呼ぶ声がして、駆け寄る。
棚の前で突っ立ている。
「朱里?どうした?」
「財布がないの。向日葵の財布…」
「日向だ…。」
「えっどうして日向くんが持っていくの?ねぇどうして!?」
俺の体を揺らしながら俺の答えを待っている。
日向は何処に行ったんだ?
何か何かヒントはないのか??
ふと気づく。
さっきの…日向の部屋に戻る。
やっぱり!棚の引き出しが開いてる。
「朱里、ここ…この引き出しの中なにが入ってた?」
「えぇっと…二段目でしょ…そこはズボン……あっ!!」
思い出しながら話す朱里が何かを思い出した。
「何?何があった?」
「写真…ほら、青木さんに見せられた写真あったじゃない…あの中の母親と一緒に撮ってた写真!」
あぁあれかと、思い出す。
同時に、そこに違いないと俺の勘が言ってる。
「朱里、落ち着いて聞いてほしい。」
うん。と真っ直ぐに俺を見た。
華が気を利かし子供たちを部屋へと連れて行く。

「これは俺の勘だけど…日向は死ぬかもしれない。あの母親との写真の場所で…」
朱里が目を見開き黙る。
今までの事を簡単に話した。
俺が感じた日向の違和感や、歩道橋でのこと、さっきの学校のこと。
朱里は崩れ落ち黙って大粒の涙を流した。
「今、表で青木さんが待ってる。今から写真の場所行ってくるから、朱里はここにいて、佐々木さんや他のスタッフに連絡して。場所がわかればまた連絡するから!」
うんうん。と頷く。
「朱里、俺を見て!!」
泣き顔でグチャグチャになった顔を手で拭ってやると、朱里は少し笑った。
「俺が必ず日向を向日葵に連れて帰ってくるから!」
「うん、わかってる。わかってるから…。」
再び涙が溢れてくる。
「朱里…」
「わかってるから、行って!私は大丈夫だからぁ!」
「でも…」
今までこんな朱里を見たことがない。
鳴き声は嗚咽に変わってる。
奥に行った華が出てきた。
華も泣いている。
聞いていたんだと気づく。
華はゆっくり朱里を抱きしめて俺を見た。
小さい手で抱き締められた朱里は押し殺してた声を堪え切れず、声を上げ泣いた。

「正親お兄ちゃん、行って!朱里ちゃんも向日葵も大丈夫だから…だから…日向くんと帰ってきてぇ!!」
「華…でも…」
華はまだ六年生になったばかりの子供だ。任せるなんて出来ない。
「子供でも…お兄ちゃんや朱里ちゃんの……日向くんの…家族だもん…。だから!!」
華の叫び声は俺の体を押した。
「わかった。あとは頼んだぞ!」
そう言って青木さんの元へと戻った。

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