オレンジロード~商店街恋愛録~
「マスターさんこそ、どうしてお花を? 誰かにプレゼントですか?」

「いえ、店に置いておいたものが枯れてしまったので」

「まぁ、そうなんですか」


女性は伏し目がちになった。

途端に、神尾は、先ほどまで以上にあの花を枯らしてしまったことへの罪悪感に駆られてしまう。



「僕が悪いんです。花屋の店員さんにも言われました。恋人にするみたいに接して、と。でも僕は、そんな風には育ててやることができなかった」


女性は神尾の言葉に苦笑いし、



「じゃあ、今度は優しくしてあげなくてはいけませんね」


優しく。

それはつまり、思いやりを持って大切に、という意味だ。



「僕にできるでしょうか?」

「え?」

「僕だって昔はそれなりに恋人がいたこともありました。長く付き合っていたし、いつかは結婚しようと話していた。でも、仕事を優先させて放ったらかしにしていた挙句、父が急死したことを機にすべてを捨てて実家に戻って家業を継ぐと、彼女にも相談せずにひとりで決めた。結果、彼女とは別れることになりました。当然ですよね」

「………」

「こんな身勝手な僕が、『恋人にするみたいに』花を育てたところで、また枯らしてしまうのがオチなんじゃないか、と」


不安を吐露した神尾を見て、しかし、女性はくすりと笑った。



「本当に身勝手な人は、自分のことを身勝手だとは思わないと思いますよ」

「えっ」

「おふたりの過去のことは、当人たちにしかわかりません。でも何か後悔する気持ちがあるなら、次はそれを改めることもできると思うんです」

「………」

「私は今のマスターさんしか知りません。知り合ったのも最近です。でも、過去がどんなものであろうと、マスターさんは、きっと、人にも、花にも、優しくできる方だと思っています」

「………」

「だって、店主が本当に優しさの欠片もない身勝手な人だったら、『喫茶エデン』はとっくに潰れているはずですから」
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