オレンジロード~商店街恋愛録~
女性の言葉に、神尾の胸は熱くなった。
と、同時に、あたたかい何かが心の奥底から湧き上がってきたのがわかった。
「ありがとうございます」
ただ一言を返すだけで精一杯だった神尾を見て、女性はまたくすりと笑った。
「ねぇ、マスターさん」
「はい」
「よろしければ、お名前を聞かせていただけませんか?」
「えっ」
「だって、ずっと『マスターさん』じゃあ、呼びづらいじゃないですか。それに、店主と客である前に、私たちは人間同士でしょう? 名前も知らない者同士なんていうのも悲しいです」
神尾は、『喫茶エデン』を継いでからずっと、まわりに『マスターさん』と呼ばれてきたし、そこに親しみも感じていた。
それは、父もかつてはまわりから『マスターさん』と呼ばれていたからで、父のようなれたような気がして嬉しかったからだ。
しかし、女性は、『マスターさん』ではない、神尾自身を知ろうとしてくれる。
「神尾です。神尾 義孝」
気恥ずかしく名乗った神尾に、女性は、
「神尾さん。今日、お店、開いてますか?」
「え? あ、はい」
「じゃあ、あとでコーヒーを飲みに行ってもいいですか? あの、懐かしい味のする、アメリカンを」
「はい。もちろんです」
「あと、また私のつまらない愚痴を聞いてください」
「……愚痴?」
「私、さっき、親戚の家に行ってお見合いのお話を正式にお断りさせていただいたんです。そしたら、嫌な顔されちゃって。それで、その愚痴とか、色々と」
嫌な顔をされたと言っているわりには、女性は何でもないことのように笑っていた。
だから、「もちろんです」と、女性の笑顔につられたように、神尾も笑う。
風が吹いて、カサブランカの気品のある甘い香りが流される。
「それじゃあ、またあとで」
言って、店に戻ろうとする女性を、
と、同時に、あたたかい何かが心の奥底から湧き上がってきたのがわかった。
「ありがとうございます」
ただ一言を返すだけで精一杯だった神尾を見て、女性はまたくすりと笑った。
「ねぇ、マスターさん」
「はい」
「よろしければ、お名前を聞かせていただけませんか?」
「えっ」
「だって、ずっと『マスターさん』じゃあ、呼びづらいじゃないですか。それに、店主と客である前に、私たちは人間同士でしょう? 名前も知らない者同士なんていうのも悲しいです」
神尾は、『喫茶エデン』を継いでからずっと、まわりに『マスターさん』と呼ばれてきたし、そこに親しみも感じていた。
それは、父もかつてはまわりから『マスターさん』と呼ばれていたからで、父のようなれたような気がして嬉しかったからだ。
しかし、女性は、『マスターさん』ではない、神尾自身を知ろうとしてくれる。
「神尾です。神尾 義孝」
気恥ずかしく名乗った神尾に、女性は、
「神尾さん。今日、お店、開いてますか?」
「え? あ、はい」
「じゃあ、あとでコーヒーを飲みに行ってもいいですか? あの、懐かしい味のする、アメリカンを」
「はい。もちろんです」
「あと、また私のつまらない愚痴を聞いてください」
「……愚痴?」
「私、さっき、親戚の家に行ってお見合いのお話を正式にお断りさせていただいたんです。そしたら、嫌な顔されちゃって。それで、その愚痴とか、色々と」
嫌な顔をされたと言っているわりには、女性は何でもないことのように笑っていた。
だから、「もちろんです」と、女性の笑顔につられたように、神尾も笑う。
風が吹いて、カサブランカの気品のある甘い香りが流される。
「それじゃあ、またあとで」
言って、店に戻ろうとする女性を、