第1巻 Sicario ~哀しみに囚われた殺人鬼達~
「OK、OK!そうか、そうなのか!!」


青年が怯えながらマスターへ視線を向ける。


「あの...オレ何かしたんですか?」

「いや、良い材料になっただけさ。」

「材料!?」


もっと他に良い例えが合ったのではないのですか。
確かに材料と言えば材料ですが...。
マスターは青年の襟首から手を離すと、自身の椅子に戻った。
PCを再び眺めながらマスターは喋り始められた。


「いや〜、ナタリア。君が薬物中毒者を連れていて本当に良かったよ。」

「良かねぇーだろ。」

「アハハ、そうだね。普通の話だったらね。」

「オレが如何かしたの...?」


青年は今だに挙動不審のようで、完全にマスターに対して怯えている。
マスターは上体だけ青年に向け、笑顔を向けた。


「なぁ、チェル。君が使っているモノは何処で手に入れているんだい?」

「オレが使ってるの...。えっと、闇市で売ってんの。“Porta del Paradiso(楽園の扉)”って言うんだ。ちょっと高いけどオレ、売人だからまけて貰うんだ。」

「“Porta del Paradiso”...楽園の扉か。イカしたネーミングセンスだな、そりゃー。」

「麻薬なんだ。其れくらい遊んでも罰は当たらないと思うよ。僕はね。にしてもイロターリ語か...。微妙な所から取ってきたもんだよ。」


イロターリ語と言ったら、ゲルマージュ共和国を挟んだ其の先にあるイロターリ共和国の公用語の筈。
シスボォヌ共和国に並んで芸術文化と食文化が進んでいる国だ。
今はそんな事どうでもいいが...。

マスターがPCを操作して、また微笑まれた。


「へぇ、イルバー通りか...。あそこは廃墟の多い貧民街だったっけ。人の少ない場所で結構、結構。」

「兄さん♥今から行くの♥」

「今は行かない。...白ウサギを手に入れたばかりだ。奴等も其れなりに警戒している筈だからね。
人は危険が遠ざかれば遠ざる程、隙が生まれやすい動物なんだよ...。だから、今は待つ。
フェスターニャ、今日は泊まっていくと良い。」

「はい!マスター!!」


嬉しい。久しぶりに『Sicario』に泊めてもらえる。
マスターがこの件に関して私を必要として下さった。
私に期待していらっしゃるんだ。応えなくては、マスターに褒めて頂く為に。


「嬉しそうで何よりだよ。」

「ファクトは床で寝てればぁ?」


嫌味丸出しでドールが挑発してくる。
体術で勝てなくても、口で負けるのは癪に障る。
私も負けずに言い返す。


「貴方は玄関先で寝ているのが、お似合いだと思いますよ。」


ドールが青筋を浮かべて私を睨む。
マスターの後ろに居る青年がナタリアの白衣に縋り付いている。


「ナタリア...オレ、怖いよ。やっぱ此処怖いよ!!」

「俺に縋り付くんじゃねぇー!汚ねぇーな!!」


深夜だと言うのに此処『Sicario』は随分賑やかだ。
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