恋するキオク



白い扉の前で確認した名前。

まだ開けてもいないのに、そこにいるであろう野崎の姿が勝手に浮かんだ。

大きな深呼吸は、不思議と数を増す。



わからなくてもいい。

せめてオレを見て、笑ってくれたら…



「野崎っ…」



…………


小さな個室には、優しい陽射しと爽やかな風だけが残されていた。

窓から吹き上がったカーテンの向こう側に、緑の茂る中庭が見える。



どこかへ出掛けてるのか…?



「早かったなぁ。帰って来るとは聞いてたけどさ」


「……っ」



ドクンと心臓が大きく波打つ。

正直情けない。



「……野崎は?」


「沢さんに聞いてるだろ?お前は会わない方が陽奈のためだって」


「それなら自分も同じなんじゃないのか。お前は会ってるんだろ」


「もちろん、オレと陽奈は付き合ってるんだから当然だ。陽奈の両親もそれを望んでくれてるし、陽奈も覚えのない記憶の中でオレを頼りにしてくれてる」


「…………」



顔を上げてられなかった。

何がどう悔しいのか分からないけど、変わらないこの立場に嫌気がさして。

それを今どう足掻いたって、変わるわけでもなくて。



「羨ましいよな〜、お前の肩はもう元通りなんだろ?これからは自由に何でもできるんだ。それと引き換えに陽奈を置いて行ったんだもんな」


「…っ違う!」


「結果的にそうだろ。オレなら陽奈を残さなかった」



なんでだ…

そうじゃない、そうじゃなくて…



「オレは…」


「やっぱりお前に陽奈は渡せない」



込み上げてくる何かが、まぶたを熱くした。

治ったはずの肩が重く感じて、体中に苦しさが広がって。



「…会わせてくれよ」



震える腕を、必死に抑えた。






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