恋するキオク



小さな音楽店の二階には、やっぱり小さくてひっそりとした部屋があって。

真ん中には大きなグランドピアノがひとつだけ。

壁は白くて、蛍光灯の光に反射するからちょっと眩しくて。



圭吾はピアノの前にある背もたれのない椅子に座る。

そして私は、近くにあった折り畳みの椅子を出した。


何を話せば、いいんだろう…




圭吾の持つ楽譜の音だけが、パラパラと部屋に響いて。

私は何も言えないまま、ずっと圭吾の指を眺めてた。


男の子なのに、細くて、長くて。

私も楽器を演奏するから、それなりに指は長い方だと思うけど。


圭吾の指は、本当に綺麗……




「あの…ごめんね、勝手に覗いちゃって。……えっと」



無理に口を開いても、なかなか続くような言葉は出て来ない。

圭吾はこっちを振り返って、また視線を下に戻した。



「なんていうか…、ちょっと、買い物に来た…だけなんだけどね……」




一人で話し続ける私。


本当は、音のないこの空気がすごく怖かったんだ。

ドキドキ、ドキドキ

聞こえてしまいそうなくらい、心臓の音がうるさくて。

気付きたくもないことにまで、目を逸らしても気付いてしまいそうで。



「あの……」


「オレが困るんじゃなくて、お前がまずいんじゃないかと思ってるだけだよ」


「あ…うん。でも大丈夫。今日はちょっと省吾のものを買いに来ただけだし」



そう、そのはずだったのに、私は今圭吾の所に居ちゃってるんだよね。

でも優しくするとか、そういうことで関わってるわけじゃないし。

省吾の考えにも、やっぱりまだ納得できてない部分もあったから。



「だってほら、私と圭吾くんはクラスメイトでしょ?」



そうだよ、それだけだよ。

ここにいるからって、何も深い意味なんてないんだ。


本当に……



「別にオレはどうでもいいけど」


「うん……」




二人の間を、ぎこちなく流れる空気。



また、静かになっちゃった…




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