妖刀奇譚
棟口の祖母が若かった頃は、櫛がつくられてまだ数十年しか経っていなかったため、付喪神となり周囲に影響を及ぼす力がまだなかった。
十分な時間が経過したときには棟口の祖母の髪は加齢で真っ白になり、おそらく周囲に長い黒髪の女性がいなかったため、付喪神はおとなしく箱に収まっていた。
ところがその箱を棟口が蔵へ移し、その前を長い黒髪をもつ思葉が通りかかったのが引き金となり、付喪神が髪への恨みを思い出して目覚めた。
以来、付喪神は力を発揮できる夜の間に、蔵の周辺を通りかかった長い黒髪の女性を襲うようになった……。
「多分だが、そういうところじゃないのか?」
説明を聞き終えた玖皎が同意した。
ちなみに思葉は、通りかかった人たちに変な眼差しを送られないようにスマートフォンを耳に当てている。
これなら通話中にしか見えないだろう。
スマートフォンをポケットにしまい、思葉はため息をついた。
「ありえないって思いたいけど……。
あの付喪神、相当あたしを恨んでいるみたいだったから、そう考えるしかない気がしてきたよ」
背中に流している髪の先をつまむ。
身だしなみを整える程度にしか手入れをしていない髪だ。
なぜあの付喪神は、自分なんかの髪を見て『奇麗』と感じたのだろうか。
一番の疑問はそこであった。