悪い男〜嘘つきより愛を込めて〜
会食の時間が、押し迫っているのにどう

すればいいのだろう…⁈


突然、唇が離れ彼がおでこをつけてきた




「もっと胡桃のキスに応えたいけど…時

間だ」





彼が頼んだのに、まるで私がお願いした

いい方にムッとしてしまった。


何を勘違いしたのか、キスを止めたこと

に私が怒っていると思ったらしく、チュ

ッとリップ音を立て唇にキスしてきたの

だ。


そして、軽々と私を持ち上げ椅子から下

ろすとハンガーにかけてあったスーツの

上着を羽織り、緩めていたネクタイをキ

ュッと締め直したのだ。


そんな姿に見惚れていると、んっと覗き

込む零。


「どうした⁈ 会食に行くぞ」


コツンと頭を小突き、先ほどまでの出来

事を忘れたかのような切り替えの早さに

舌を巻いた。

さっさと先を歩いて行く副社長の後を追

って、秘書室から鞄を取るとエレベータ

ーを待つ彼の後ろに追いついた。


肩を揺らし、笑いをこらえている彼に何

が面白いのかと突っ込みたい。


扉が開き、乗り込めば一階まで小さな密

室。


「胡桃、こっち向いて」


また、先ほどの甘い余韻が残っている私

は彼の言葉に素直に従って目を閉じた。


でも、待っても触れてこない唇。


目をそっと開ければクスクスと笑いをこ

らえている副社長。


「キスして欲しかったのか⁈」


「違います」


からかわれたのだと悲しくなって、わざ

とツンケンしてしまった。


顎を捉えられ、指先が唇の周りを拭う。

あっ…口紅がはみ出ていたのだと気づか

された。


「ありがとうございます」


よく見れば、副社長の唇に口紅がついて

いる。


「ふ、‥零にも、口紅ついてる」


こんな時、彼をなんて呼べばいいかわか

らず躊躇した。


2人きりの時は零と呼べ…


彼の言葉に従い零と呼べば、優しく微笑

んでくれる。


んっと顎を前に出し、私に拭けと催促し

ている顔は、幼い子供が食事の後に母親

に口を拭いてもらうのを待っているかの

ようだった。


子供みたい…ボソッとつぶやくと目を大

きく開き、軽く睨まれた。


そんな彼の唇をハンカチで拭いてあげれ

ば、ポンっと一階に降り扉が開いた。


もう少し遅ければ、誰かの目に触れてい

たかもと冷や汗をかいているのに、当の

本人は涼しい顔でロビーへと出て行って

しまう。

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