君をひたすら傷つけて
 私が駅に向かってゆっくりと歩き出すと、スタジオを出てすぐくらいから、後ろから走ってくる音がした。こんな夕暮れに走る人は物好きと思ったけど、振り向くと、そこには汗を流しながら走るお兄ちゃんの姿があった。

 こんな都会のど真ん中を走る物好きがいると思ったけど、その物好きはお兄ちゃんだった。あまり走る姿を見た事なかったから、息を切って走ってきたことに驚いた。

「雅。どうして」

「え?」

「いきなりスタジオ居なくなるから焦った。リズさんはさっさと帰るから、一緒に帰ったかと思った。リズさんに連絡したら、雅は駅っていうから、急いできた。少し雅の時間が欲しい。出来れば、静かなところで話したい」

「篠崎さんを送るだろうから、駅に行こうかと思って」

「海は別のスタッフが送ることになっているから、心配しないでいい。ここで少し待てるか?車を持ってくる」

 そのまま一人で帰ることも出来たのに、言われるがままに私は素直にお兄ちゃんが車をまわしてくるのを待っていた。お兄ちゃんが何を話すのか分からないけど、私もお兄ちゃんと向き合って話をしようと思ったからだった。

 イタリアの夜、日本に帰ってきて初めての夜。
 私は……。お兄ちゃんを傷つけた。それは紛いのない事実で、私はきちんと話すことでお兄ちゃんとのことを考えたかった。

 車が目の前で止まり、私が乗り込むと、高速道路を通って、しばらくしたら、見慣れた場所を走っていた。お兄ちゃんのマンションの近くだった。何度も潜った、マンションの地下駐車場に車を止めると、お兄ちゃんは運転席から降りると、私の座っている助手席側のドアを開けた。

「部屋で話そう」
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