君をひたすら傷つけて
 お兄ちゃんの話は自分の気持ちを独白するかのようにゆっくりと零していく。その話を聞きながら、私はお兄ちゃんと出会った時のことからを思いだしていた。全てを思いだすわけでは無い。でも、優しい思い出は一杯で私はずっとお兄ちゃんの横で笑っていた。

「フィレンツェで会った時に少し雅が可笑しいというのは分かっていた。海と里桜さんの結婚式に感動していたと思っていたけど、泣いている雅を見て、抱きしめてあげたいと思った。その涙を拭ってあげたいと思った。

 そして、雅が揺れているのが分かっていて、後で後悔させると分かっていたのに、俺は雅を抱いた。言い訳をしようと思えばいくらでも出来るだろう。でも、ただ、俺は……雅を抱きたかっただけなんだ。ただ、それだけだった。体裁を整えるように、日本に帰ってから、言った言葉も嘘ではないけど、俺の狡さだ」

 狡いのはお兄ちゃんではなく私の方だった。私の方がお兄ちゃんを利用した。我儘を言えば全て聞いてくれるという甘えがあったと思う。私もお兄ちゃんに抱かれたかった。だから、お互い様だと思う。私も狡さから、自分の本心を言わなかった。

「だから、最初から始めないか。出会った頃にまで戻るつもりはないけど、一人の男として俺のことを見て欲しい。そして、俺とこれからの人生を一緒に歩いて欲しい」

 ここまで言わせたことを申し訳ないと思う反面、私は嬉しかった。私が思う以上にお兄ちゃんは私の事を大事に思ってくれていた。そして、胸の奥に広がる温もりに私は包まれていた。
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