君をひたすら傷つけて
 冷静沈着で隙のない慎哉さんがたまに見せる素顔。自身に溢れているのに、どこか優しさが深すぎるのか、自分の気持ちを押し殺すところ。こうして自分の気持ちを雁字搦めにしてしまうところ。

 その全てが私にとって『高取慎哉』だった。一緒にいる時間が長くなるほど、恋とか愛では語れない気持ちが溢れてくる。

 ありのままの慎哉さんを私は大事に思っている。そして、傍に居たいと思っている。それが一生であってほしいとは思うけど、それも先は分からない。

 一日一日を大事に過ごすことだけが、今の私に出来ること。

「一緒に前を向いて歩きたいと思ってる。今はそれだけよ。一生とかじゃなくて、一日一日を大事にお互い大切にしたいと思う。それが積み重ねればいいでしょ。私たちは命の大事さを知っている。だから、それでいい」

 義哉を失った私は命の重みを知っている。張り裂けそうになった胸の痛みも忘れてない。ふと、思いだすと泣きたくなる時もある。長い年月を経た今でも……。

「雅の方が男前だな」

「そう?私は弱いわ。だから、逃げたでしょ。すぐに泣くし」

 自分の中で芽生えた命と、好きだと思ってしまった気持ちが上手く消化しきれずに私は慎哉さんのマンションから逃げた。でも、今思えば、私にとって大事な時間だったと思う。

「泣きたい時はいくらでも泣いてもいいから、もう逃げないでくれ。あんな思いはもうしたくない。男は雅が思っているほど強くないから。精一杯の虚勢は張るけど、それも脆い」

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