君をひたすら傷つけて
 篠崎さんはバッグの中から万年筆を取り出すと綺麗な字で『篠崎海斗』と名前を書いた。

 綺麗に全てが書き込まれた婚姻届を見て、私は胸に熱いものがこみあげてくるのを感じた。慎哉さんの名前、私の名前、リズの名前、そして、篠崎さんの名前が書き込まれた婚姻届は、明日、区役所に提出したら、慎哉さんと私は正式な夫婦になる。

「ありがとう」

「ありがとうございます」

 慎哉さんと私が篠崎さんに頭を下げると、篠崎さんはニッコリと笑った。

「おめでとうございます。今から仕事だから、お祝いは後日に……。あ、でも、ちょっとだけプレゼントかな。高取。後は俺一人で大丈夫だから、雅さんと一緒に帰っていいよ。連絡は後からメールする」

「まだ、撮影もあるのに」

「俺が気になるから。二人で帰ってくれた方がいい演技が出来る。そうでないと、きっと俺は気になって仕方ない」

 慎哉さんは何度か篠崎さんに言ったけど、最後には追い出されるようにテレビ局の楽屋を後にした。本当ならまだ仕事はあるはずなのに、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

「なんかごめんなさい」

「いや。雅は何も悪くない。海が…余計な気を回しただけだから。でも、これで雅をマンションまで送っていけるからよかった。テレビ局まで呼びつけて、サインして貰ったら、一人で帰らせるのは少し嫌だった」

「仕事だから仕方ないと思うけど」

「それでもな。気持ち的な問題だけど。さ、帰ろうか。明日はオフなんだ。だから、少しゆっくり出来るな」

 そういいながら、慎哉さんはテレビ局の前から、タクシーに乗ると私と一緒にマンションに戻ったのだった。
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