君をひたすら傷つけて
 あれから長い時間が流れた。

 出会った時は慎哉さんは初恋の人の兄で、私は最愛の弟の彼女だった。苦しみを乗り越え、お互いの道を歩いていた。そのままだったら、もしかしたら交わることのない関係だったかもしれない。フランスと日本で離れたまま終わる関係だったかもしれない。

 でも、運命の悪戯か、私には日本に戻り、篠崎海を支えるマネージャーとスタイリストという関係になり、同居人を経て、フィレンツェの夜に夢を見た。

 その一夜の夢で妊娠して、怖くなって離れたのも、その間に寂しさを感じたのも、今の幸せには必要なものだったのかもしれない。離れてみて、慎哉さんのことを自分が想像していた以上に愛していたことを感じたし、思いも募った。

 何度もすれ違いながらもやっと自分の居場所に辿りついた気がする。その変わりゆく関係の一つが欠けても今の私たちにはなれなかっただろう。

 好きとか嫌いとか簡単な言葉ではなく。ただ、愛しいと思う気持ちが私を包む。義哉のことを忘れたわけではない。でも、心の奥に仕舞いながらも私たちは幸せに向かって歩き出した。今日、私は慎哉さんと婚姻届を提出して、名実ともに夫婦となった。ただの男と女としての一歩目を歩き出した。

 それは簡単なようで、私たちにとっては難しいことだった。

「結婚して、お嫁さんになったのね。私」

「そうだよ。雅は俺の妻だ。もう焦る必要はない。二人でゆっくりと幸せになればいい。だから、雅が気にする必要ないよ」
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