君をひたすら傷つけて
「雅。来てくれたんだね。もうここには来ないかと思ったよ」

 いつもは寝ている義哉は私を待つために座ったままだったのかもしれない。私が不安に思う以上に不安だったのかもしれない。私は自分のことばかりで義哉の気持ちを考えてなかった。優しい声が私の耳に届き、優しい微笑みを浮かべている。

「なんでそんなこと思うの?」

「僕が雅を傷つけたからね。もしかしたら雅にもう会えないかもしれないって思ってた。でも、来てくれて嬉しいよ」

 義哉は私が来るのを待っていてくれた。私がどんな顔をして会えばいいのか分からないでいたのを見透かしている。私に義哉に会わないという選択肢はなかった。昨日の今日でどんな顔をして会えばいいのだろうかとは思ったけど…。私よりも義哉の方が傷ついたのかもしれない。それでも笑って私を迎えてくれる。

「今日は少し家を出るのが遅くなったの。それに義哉が嫌だと言っても私はここに来る。だって、数学を教えて貰わないと困るもの。大事な受験を控えているの」

「そうだね。雅に数学を教えるんだったね。……。今日も分からないのがあるの?」

「あるよ。だって数学苦手だもの」

「じゃあ、始めようか。今日はあんまり時間ないから少し急ぐね」


 昨日のことが嘘のように穏やかな時間だった。義哉のベッドに向かい合って座り、テーブルに置いたテキストを開く。問題を解いていきながら、分からないのを義哉に教えて貰う。静かな空間に響くのはシャーペンの摩擦音。時折、義哉の説明がゆっくりと紡がれていた。
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