君をひたすら傷つけて
 お兄さんは私の方を見つめ、ニッコリと笑っている。笑っているのに泣いているように見えた。お兄さんの表情で私は分かってしまった。

 義哉は死んでしまったと…。

「昨日の夜から容体が悪くなって人工呼吸器が付けられたんだ。それから少しは持ち直したんだけど、二時間くらい前に意識が戻らなくなった。でもね、義哉はそんなに苦しまなかったんだ。父と母が手を握ると綺麗な顔で笑ったんだよ。そして、微かに『ありがとう』って唇が動いて、それからは眠るようだった」

「嘘…」

「病院から葬儀場に連れて行くのは可哀想だからと母が言ってね。父も私も同意見で、こちらに連れて帰ってきたんだ。二階の義哉の部屋に連れて行きたかったけど、それは無理だから、義哉が好きだったこの和室に連れて来た。小さい頃からここが好きで本を読んだりしていたんだ」


 お兄さんの声は静かに淡々と事実を私に突きつける。でも、その語尾の一つ一つに優しさが込められているけど、それでも現実は変わらない。お兄さんの言っている意味が分からない。分からないというより分かりたくない。目の前にいる義哉は穏やかな顔で眠っている。眠っているだけと思いたかった。


 それは永遠の眠りだった。あの優しい瞳で私を見つめることはない。穏やかな声を響かせることもない。義哉は死んでしまったのだ。義哉のことでいっぱいになってしまった私を置いて…。

 私は信じられなかった。
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