君をひたすら傷つけて
 去年の春に見た窓からの風景は澄み渡る空だったし、寒かったけどこんな風に曇ってはなかった。溜め息をそっと飲み込みながら、私は数学の参考書を開いたけど、文字を追う視線が彷徨うばかりだった。記号の意味を数学の公式を見ながら解いていっても、答えと同じ数字は浮かんでこなかった。


「また違う」

「そろそろ先生がくるよ」


 始業のチャイムが鳴り、溜め息を零し、さやかが前を向くと私も前を向く。そして、チャイムの音がなり終わらないのを確認するかのように先生が入ってきた。もうすぐ定年という優しいおばちゃんのような先生は時間通りにぴったりと教室に入る。一度も遅れたことのないから『教室のドアの前で待機しているのかもしれない』というほどきちんとした先生だった。少しの厳しさはあるけど、優しさを滲ませる微笑みに受験生のささくれた心は癒される。


 そして今日も皆をニッコリと微笑みを投げ掛けていた。穏やかな春の陽だまりがそこにはあった。


 担任の先生が教室に入ってくると、教室内で話してた生徒たちは自分の席に座り、静かに先生が教卓の前に立つのを待つ。ゆったりとした歩調で入ってくるのも変わらない。先生はクラス中を見回すとニッコリと微笑んだ。叱咤激励ばかりされている私たちにとって、この先生の穏やかな雰囲気は癒されてはいる。三年の担任は向いているのかもしれない。


「ホームルームを始めましょうね。まずは、明けましておめでとうございます。今年も宜しくね。どんなお正月を過ごしたかしら?もうすぐ受験で大変な時期になってはいるけど、高校生活も最後ですから、悔いの残らない様にしましょう」

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