君をひたすら傷つけて
 私とアルベールが向かったのは近くのビストロだった。気取った店ではないところがアルベールのお気に入りだった。勿論私も気に入っている。店の奥の小さな部屋に案内されると、アルベールは椅子を引いてくれ、私は座るとアルベールは向かいの席に座る。

 この店には何回も来ていて、マスターが気を利かせて、毎回奥の方の席を案内してくれる。少し離れた席はゆっくりと食事をすることが出来た。奥の方の薄暗い中に居るのに、アルベールはハッと息を呑むくらいに絵になっている。軽く足を組み、ワイングラスと傾ける姿はどこかの雑誌の切り抜きのようだった。

「撮影お疲れ様」

「雅もお疲れ様。リズは厳しいけど大丈夫?」

「うん。厳しいけど優しいの」

「雅を育てたいんだろうね。さ、何を食べようか」

「アルベールが好きなものでいいよ」

「じゃ、俺の好きな物を選ぶよ」

 テーブルの上に並べられた料理は私の好きなものばかりだった。私のことを思っての注文だとわかる。優しいなと思う反面。もっと自分のことを考えてもいいと思う。店員が曇りひとつないワイングラスを運んでくる。そのスマートな物腰に会釈してから私がグラスを手に取ると、アルベールがワインをグラスに注いでくれた。

 深赤のワインは薄暗い店内では深みを増したような気がした。グラスを重ねると微かに響く共鳴が耳に届く。

「今日は誘ってくれてありがとう。今日はアパルトマンで一人のはずだったから」

「リズと友達の…えっと。まりえだったかな?彼女は?」
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