君をひたすら傷つけて
 私はお兄ちゃんに会いたかったんだと素直にそう思った。誰も知る人のないフランスの地でいくらまりえとリズが居たとしてもお兄ちゃんは違う。私にとって特別な人だった。

「お兄ちゃん。かなり待たせたよね。明日は仕事でしょ。大丈夫?」

「大丈夫だよ。昼にスタジオに行った後に一度、ホテルに行ってチェックインをしてから来たからな。少し仕事もしてきたし。雅こそ大丈夫か?」

 フランスに来ての待ち時間の間も仕事をしてきたというのがお兄ちゃんらしいと思った。少し視線をずらすとお兄ちゃんの手の中でタンブラーが揺れる。タンブラーに入った琥珀色の液体は芳醇な香り漂うモルトウィスキーだろう。お兄ちゃんが穏やかな気分を味わいたい時に飲むお酒だった。

 カラカラと氷の揺れる音と、たまに静かに聞こえる氷の解ける音。

「うん。大丈夫。カメラマンが拘る人だから時間は掛かったけど、いい物が出来たと思う」

「それはよかった。カメラマンが芸術的なものを求めると時間はいくらあっても足りないくらいだよな」

「うん。でも、今日は早く終わって欲しかった。お兄ちゃんはウィスキーなんだね」

 リズもたまにウィスキーを飲むけど、お兄ちゃんが楽しみながら飲む音とは違う。人によってこんなにも違うんだなって思う。普通ならお兄ちゃんとリズを比べたりはしないのに、なぜか比べてしまう。

「雅は何がいい?」

「今日は白ワインにする」
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