君をひたすら傷つけて
ピピピピ…ピピピ…。

 バッグの中から携帯が着信を教えてくれる。こんな夜も遅い時間に誰からなのだろう。画面を見るとそこには『高取慎哉』と…お兄ちゃんの名前だった。そっと画面に触れ耳に当てると電話口からお兄ちゃんの優しい声が響いた。少しくぐもったような声だけど優しさは伝わってくる。

『雅。今日、買った小物の紙袋を忘れているぞ。マンションの下にいるから降りて来れるか?』

 今日、お兄ちゃんと出掛けた時に部屋に置く雑貨を買った。それはお兄ちゃんの車の後部座席に置いたままだった。買ったことすら忘れていた。でも、きっと、私が泣いているだけでお兄ちゃんにまた心配をするだろう。

『うん。分かった』
『じゃ、待っているから』

 お兄ちゃんと別れてまだ十分を過ぎたくらいで…断る理由もない。降りて行かないといけないと分かっているのに、足が動かない。お兄ちゃんに会うなら顔くらい洗って行かないと…。でもその前にこの足をどうにかしないと。そんなことを思っていると、玄関のチャイムは鳴った。まさかお兄ちゃんが届けに来てくれたのだろうか?

 顔を洗うのを諦め、涙を拭い、玄関先に行くと、私がドアを開ける前にドアは開いた。玄関の鍵を私は締めていたはず…。鍵がガチャガチャと言う音を立てドアが大きく開いた。鍵を開けて入ってくるなんて怖いと思った瞬間。

涙腺が急に緩んだ。

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