君をひたすら傷つけて
 スタッフが居れば、ゆっくりと座った状況で準備も出来るし、少し艶を出すためである水は上から掛けるという荒技をせずとも霧吹きでいい。でも、スタッフが居ない今、悠長にしている時間はなかった。この気温で頭から水を被ることがどれだけ寒いか分かる。

 手に持った水のボトルを空けるのを躊躇したお兄ちゃんの手から、篠崎さんが自ら取ると、キャップを空けると頭から思いっきり被った。多少濡れるという状況ではない。白いシャツで肌が透けてしまいそうなほどの水を浴びた篠崎さんは一瞬身体を震わせた。

「海。早く拭かないと」

「いい。この方がきっといいものが撮れる」

 焦ってタオルと取りに行こうとするお兄ちゃんを制止した。そして、髪を後ろにかき上げ、瞳をゆっくりと閉じた。何が答えか分からない。でも、この緊張に漲った空間を制していたのは、稀有な存在だった。

「聖。いいか?」

「ああ。適当に動け。俺がお前を誰よりも綺麗に撮ってやる」

 撮影時間は数分だった。でも、用意された状況で篠崎さんは真っ直ぐ伸ばした手の先に何かを掴んだような気がした。光の筋は昨日とさほど変わらない。昨日と少しだけ違うのは雲が少しだけ少なく、空気が澄んでいるように感じた。でも、このくらいは変わらないと言っていいくらいの誤差だった。

 動く度に光の粒が篠崎さんに舞い落ちるように感じた。

「オーケー。お疲れ」

 橘さんの声で皆で安堵の息を吐いた。そして、橘さんを見つめながら篠崎さんが言った。

「マジで寒い」
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