君をひたすら傷つけて
第八章

愛の形

「で、それで篠崎海は頭からペットボトルの水を躊躇なく被って撮影したって。本当にこの時期のニューヨークなんて一歩間違えたら風邪どころで済まないでしょ」

 日本に帰国して、エマに撮影の状況を報告していると、まりえは驚いたような声を出した。話を聞くだけでも驚くのだから、傍で見ていた私は唖然とするしかなかった。で、撮影が終わった瞬間に吐いた言葉が『マジで寒い』

 そして、そんな篠崎さんに橘さんが言った言葉は『だろうな』たったそれだけだった。『お疲れ様』でも『大丈夫』でもなく『だろうな』

「無事に終わってよかったわ。出来上がりが楽しみね」

 私は初めてCM撮影の現場でスタイリストとして動いた。大変じゃなかったとは言わない。でも、今になって思うと毎日が血が通ったかのようにワクワクしていたのも嘘じゃない。あのような現場は好きだと思う。コレクションと違った楽しさがあった。

 無茶な行動を取った篠崎さんはあの場では頭から被らないと間に合わないと思ったと後から言っていた。リズは寒がっている篠崎さんから濡れたシャツを破きそうな勢いで剥ぎ取り、お兄ちゃんは大きなバスタオルで篠崎さんを包んだ。私はその場に散らかったものを拾って回った。

 それでもいい経験が出来たと思う。

 ホテルまで戻って、準備をして、空港に行くまではギリギリの時間になっていた。

 そして、何とか飛行機に乗り込んで、日本に帰国した。連日の寝不足は一気に爆発し、私はリズの横で殆どの時間を寝て過ごした。
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