君をひたすら傷つけて
 一台の車に乗り込み向かったのはここ数日の間毎日通った場所だった。まだ暗闇に包まれた中で控室もない状況で撮影を始める。それがどれだけ無謀か、皆、分っている。でも、それでも最後のチャンスに縋る。

 スタッフが居ないということはテントもなければ、コーヒーすらない。椅子さえもない状況でリズは衣装を出して、篠崎さんに渡した。昨日、使った衣装だけどキチンと手入れをされ、アイロンまで掛けられていた。どこにそんな時間があったのかと思うけど、リズはこの撮影を読んでいたのかもしれない。

「篠崎さん。下はそのままでいいから、上だけ着替えて。雅はメイクボックスを抱えて。私が使いやすいようにして」

「じゃ、海のことはリズさんと雅に任せて、私は聖のアシスタントに入る」

 川岸が白み始めると一気に始まる自然のショーを前に私たちは各自で動く。椅子もない状況だから、シャツを羽織った篠崎さんも立ったまま、リズも立ったままで髪を整えた。背の高いリズだから篠崎さんの髪に手が届くけど、私には無理。髪が整った後、メイクボックスに手を伸ばし掛けて、フェイスブラシを取った瞬間に声が響いた。

「海斗。そのままでいいからこっちに来い」

「まだ、メイクが終わってない」

「素でも十分だ。そのままでいい。その方がいい気がする」

「リズ。海斗の胸元のボタンを二つ外して、雅さんは海斗の腕の時計を取って。高取さんは水を持ってきて、海斗の上から掛けて。それで余分な水を拭きとってくれ」

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