君をひたすら傷つけて
 決まってしまうと事後処理になる。私の場合は篠崎さんのスタイリストの報告書を書き上げると私の日本での仕事は終わりだった。エマは豪胆な性格の割には仕事には細かく、受けた仕事の報告書は細かかった。ニューヨークでの毎日の撮影の瞬間を切り取るように報告書を書いた。

 それを見ながら、エマはため息と一緒に呟いた。

『もったいない』

 エマのように実力を兼ね備えた人からそう言って貰えると嬉しい。でも、私はフランスに戻ることを決めた。残務処理と事務所の片付けをしていると、時間はアッと言う間に過ぎていき、私とリズがフランスに戻る二日前になっていた。

 フランスに戻ること。日本には戻らずにスタイリストとして頑張ることをお兄ちゃんにはメールで伝えた。実際に会うと、気持ちが揺らぎそうだから、メールにした。そして、お兄ちゃんからの返信は簡単なものだった。

『いつまでも応援してる。フランスでも頑張れ』

 アルベールとの未来に歩いていく私はお兄ちゃんの言葉の意味を分かってはいても、心のどこかは痛む。アルベールのためにお兄ちゃんとの関係が変わるのが嫌だったけど、お兄ちゃんは私との関係を変えるつもりだった。もう、お兄ちゃんと呼ぶ日はない。

 そして、リズと一緒に日本を離れる日になっていた。事務所を出て、一緒に空港まで向かう。一緒の飛行機に乗り、私はフランスに戻り、リズはその後イタリアに向かう。空港で荷物を預けて、リズと搭乗口を潜る時に前を歩くリズが振り向いて私の耳元に囁いた。

『右の後ろのエスカレーターのところ』

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