君をひたすら傷つけて
 リズの言われた方向に視線を移すと、そこにはお兄ちゃんの姿があった。振り向いた私と視線が絡んだのに手を振ることもなく、何かを言うでもなく。

 ただ見つめていた。

 私のことを突き放すようなことを言いながらも優しい。そして、篠崎さんと誕生日にと一緒に選んだシャツを身に着けていた。

「雅。高取さんのためにも幸せにならないと」

「そうだね。もう会えないかもしれないけど、恥ずかしくないように頑張る」

「それでこそ雅ね。さ、ゆっくりとフライトを楽しみましょ。ワインでも飲んで、寝て起きたらパリに着いているわ」

 リズとの空の旅は楽しい時間だった。そして、うつらうつら寝かけた時にリズが呟くように話し出したのは昔の話だった。

「物心ついた時から自分のことは女だと思っていた。でも、そんな自分を認めたくなくて、ずいぶん無理をしたわ。モデルになったのもその一端だったの。世間に自分が男だと認めさせたかった。でも、今になってみると無駄な足掻きだったと思う。

 橘聖に会ったのもその頃よ。

 エマと私はニューヨークでのトップモデルだった。聖は日本から来たばかりでアシスタントだったけど、あの雰囲気のとおりよ。壁にぶつかりながら前に進んでいた」

「壁?」

「そうよ。日本からアシスタントで来た橘聖はそれこそ底辺の生活をしていたわ。で、彼を気に入ったのはエマだった。エマに誘われて何度か食事して。橘聖の真っすぐさに自分が恥ずかしくなった。トップモデルであるリチャードとしての自分を捨てたの。

 そして、貯めていたお金でリズになった。

 でもね、怖くてニューヨークからフランスに逃げたの」

「橘さんに会うのは怖かった?」
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