君をひたすら傷つけて
「少し話せるか?」

 話したいという了承を取るところがお兄ちゃんらしい。ここにいるという意味が分からないほど私は鈍くない。お兄ちゃんのことだから私がフランスではなく日本を仕事の中心にしていることも知っているのだろう。もしかしたらアルベールのことでさえも知っているかもしれない。穏やかな表情はいつもと変わらないのに私は二人になることが怖かった。

「まだ、仕事が残ってるの。遅くなるかも」

「それでいい。終わったら連絡してほしい。そんなに時間を取らせることはないから」

 お兄ちゃんはそういうと自分の名刺を取りだし、後ろに自分のプライベートの電話番号を書いた。手渡された名刺を見ながら、記憶に刻まれた数字を見ながら、私の新しい携帯電話には入ってない番号だけど、その番号を空で言えるくらいに覚えていた。

 お兄ちゃんのプライベートで使う番号だった。いつもなら名刺を渡したりしない。きっと、私が携帯の番号もメールアドレスも全て変えたことを知っているのだろう。その上に私に名刺を渡してくる。

 会いたくないというより、何をどう説明していいのか分からないから避けていた。そんなズルい私の前にお兄ちゃんは目の前にいて、微笑んでいた。

「ここに電話して」

「わかった。後から連絡する」

「何時でもいいから、どうしても今日連絡してほしい」

「うん」

 お兄ちゃんにしては珍しいくらいに逃げ道をくれないようだった。私の話を聞いたお兄ちゃんは私の選んだ道をどう思うだろうか。それでよかったのか、それで悪かったのか。

 
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