君をひたすら傷つけて
 私は自分の気持ちを誤魔化すようにお兄ちゃんの少しだけ笑ってからエマの事務所に入った。そして、視線から逃れてからこれから数時間後のことを考えてからため息を零した。ここまで、来る理由は聞かなくても分かる。

『私のことが心配だったから』

 事務所に入ると今日に限って誰もいなかった。しなければいけない仕事を終わると私はさっき貰った名刺を見つめる。どのくらいお兄ちゃんは事務所の前で待ったのだろうか。エマの事務所に連絡さえ入れればいつでも連絡はつく状態なのに、待っているのがお兄ちゃんらしい。公私混同をしないということなのだろう。

 私は自分の携帯からお兄ちゃんの携帯に電話を鳴らした。見慣れぬ番号なら躊躇するのに、お兄ちゃんはワンコールで取った。

「はい。高取です」

「お兄ちゃん。私、雅」

「仕事は終わったのか?」

「うん。もう終わった」

「何も用事がなければ食事でもいかないか?」

「うん」

「七時に駅前のカフェで待っているから来れるか?」

「うん」

「ただ、食事をするだけだから」

「え?」

「ただ、食事をするだけだから、そんなに緊張する必要ないから」

「わかった」

「じゃあ、またあとで」

 そういうとお兄ちゃんは電話を切った。そして、フッと息を吐くと、少し離れた場所でエマがクスクスと笑っていた。

「エマ。いつ戻ってきたの?」

「さっきよ。妙に神妙な顔をして電話を見て、電話を掛けたかと思うと、相手は高取さんでしょ。何をしているんだかって」
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