君をひたすら傷つけて

恋のはじまりは突然

 あれから年月が流れ、私が日本でスタイリストとしての仕事が楽しくて堪らなくなっていた。篠崎海という俳優は稀有な存在だと最初に会った時にも思ったけど、この頃は一段と艶のある演技をしだしていて、その彼に合わせるように、服の質を上げ、色を選ぶようになっていた。カチッとパズルが嵌るように彼の魅力が増した時に、ふと胸の奥に込み上げるものがある。

 それはやりがいというものだった。プライドがどうとかではなく、自分に自信を持てることは本当に嬉しく思うし、篠崎海の人気が出てくれば出て来るほど、仕事は忙しくなる。そして、周りには自分に好意だけの人ではなくなっていく。それは事務所の中でお兄ちゃんの事務所の仕事を一手に引き受けるようになってからのことだった。

 エマはニューヨークでの有名なデザイナーのコレクションのスタイリストに抜擢され、月の半分はニューヨークで仕事をしている。そして、リズは欧州を飛び回っている。


『雅はこの事務所の三本目の柱よ。プライドを持って仕事をして』

 私はリズとエマのいない事務所を仕切るほどになっていた。代表は二人だけど、社員のうちに働けるのがほぼ私だけしかいないのが現実だった。まりえは出産後、仕事を続けていたけど、前ほど仕事が出来ないし、それを本人も求めていなかった。

 そして、私は重圧の中で、仕事をしていくうえで胸の奥を吐露出来るのは二人を除いてはお兄ちゃんだけだった。

 私は仕事だけでなく、お兄ちゃんに甘えることが出来るようになっていた。そっと伸ばした手を優しく包んでくれることもあるし、そっと抱き寄せてくれることもある。平行線のままだった関係を一気に緩めたのは…。

 映画の試写会の打ち上げで、私は思った以上に飲まされ過ぎていた。
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