君をひたすら傷つけて
 電話を切って、気まずい思いでお兄ちゃんの方をみると、お兄ちゃんは普通だった。困るでもなく、変化を見せるでもなく、極々、普通だった。

「エマさんが言っていたように、ウチの玄関のところにある客室を使っていい。その方が私も安心だよ。エマさんがニューヨークから戻ってきて、それから、引っ越ししてもいいだろ」

「お兄ちゃんの迷惑になるから」

「迷惑じゃない。雅が住んでくれると、楽しいだろうな」

「でも」

「なら、家事を少し手伝ってほしい。掃除はする必要はない。通いのルームサービスがあるから。でも、食事はいつも外食なので、雅の気が向いた時だけ作ってくれたら助かる」

 エマに押し切られ、お兄ちゃんに諭されるように言われると私も頷くしかなかった。実際にあの部屋に戻るのは怖いし、エマもまりえも居ないなら、頼れるのはお兄ちゃんだけだった。夜の事務所に一人で過ごすというのもやっぱり怖い。

「しばらくお願いします」

 それから、私は自分の部屋を引き払い、お兄ちゃんの部屋の一室を借りて住むまでには一年ほどの時間が掛かった。エマやお兄ちゃんの納得できる部屋が見つからなかったことと、篠崎海のスタイリストとしての仕事が忙しくなり、私は殆どの時間をお兄ちゃんと一緒に過ごすことになったことが原因だった。

 流されるように始まった同居生活だったけど、それは私にとっては安らぎの時間だった。

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